8.手作りお菓子は定番アイテム
大きな紙袋を抱えて廊下を歩いている時のことだった。
「危ない!」
その声と共に、フルーリリは紙袋と腕を支えられた。
どうやら前から歩いて来た生徒に気づかず、ぶつかりそうになっていたらしい。
ちょうど通りがかったフレドリックに腕を捕まれ、腕から落ちそうになった大きな紙袋は、スヴィンが支えてくれた。
息の合ったナイスプレーだ。流石ヒーロー。
フルーリリはぶつかりそうになった男子生徒に謝って、ヒーロー2人にもお礼を述べた。
「この紙袋、わりと重いですね。よろしかったら、私がお待ちしましょうか?」
スヴィンの言葉に、フルーリリは素直に甘えることにした。
本当に腕が限界だったのだ。
「ご迷惑をおかけしますが、お願いしてもいいですか?実は思った以上に重くて大変だったのです」
「大きい荷物だな。何が入ってるんだ?」
フレドリックも荷物運びに付き合ってくれるらしい。3人で歩きながらフルーリリは説明する事にした。
「その袋の中にはお菓子を入れているのです。
実は昨日、お菓子を作り過ぎてしまいまして…。保健室は毎日たくさんの生徒が訪ねてくるとシェリーに聞いているので、シェリーに渡せば適当に配ってもらえるかと思って持ってきたのです」
思わず苦笑いになったフルーリリを見て、2人のヒーローが申し出た。
「それは私も食べてみたいですね」
「私も食べてみたいな。ぜひいただけないだろうか?」
スヴィンとフレドリックに食い気味に頼まれて、フルーリリは躊躇した。
これは高位貴族の者に食べてもらうような代物ではない。とはいえ普段世話になる事が多い2人は断りにくい。
「あの…。実はこのお菓子は家のレシピではなくて、完全に私のオリジナルなんです。ですからお二人のお口に合うようなものではないのですが…もしそれでも良ければどうぞ召し上がってください。色々作ったのですよ」
「フルーリリ嬢のオリジナルですか!」
「それはますます食べてみたくなるな」
『その期待は重いのよ…』
フルーリリはプレッシャーで胃が痛むような思いになったが、もうどうにでもなれと半ばヤケクソになりながら2人に笑顔を向けた。
こういう時はとりあえず笑っておけばいい。
共に歩きながらスヴィンが尋ねた。
「フルーリリ嬢はよくお菓子を作るのですか?」
「いえ、幼い頃に一度作った以来ですよ。
昨日は帰ってから、保健室での事を思い出してあまりにも恥ずかしくなってしまい、お菓子作りに集中して気を紛らわせてみたのです。それで作り過ぎて、家では食べ切れない量になってしまいました。
あの…昨日はお恥ずかしい所を見せて、申し訳ありません…」
昨日の失態を思い出し、真っ赤な顔で俯いて小さく謝るフルーリリの姿に、2人のヒーローの胸が今日も撃ち抜かれる。
「い、いや。昨日は助かった。ありがとう」
ヒーローのフォローを受け、フルーリリはやはり居た堪れない思いに陥りながら、皆で保健室に向かって歩いた。
「まあ!フルーリリ…と昨日いらした方々ね。どうしたの?また怪我したのかしら?」
「シェリー。昨日は迷惑をかけてごめんなさい。これ、昨日作り過ぎちゃったお菓子なの。良かったら今からみんなで食べてみない?余ったものは、欲しい方に配ってくれると嬉しいわ」
「まあ!フルーリリ、お菓子が作れるのね。そうね、一緒にお茶にしましょう」
保健室でのティータイム。
ヒロインと、ヒーローとヒーローと、キューピッドの4人だ。
『これは何かが始まるかもしれないわね』
シェリーは今のところ2人のヒーローに興味はないようだが、フルーリリはどうしても諦め切れなかった。
役割を求め続けた10年という歳月はあまりに大きかったのだ。
『素敵なティータイムになれば、3人の心は動くはず』
そう期待して4人のお茶会を始めた。
「これは…美味いな」
「本当にお上手ですね。お店が開けそうですよ」
「確かに美味しいわ。お店を開くなら、雇ってもらおうかしら。可愛い制服着て、手伝っちゃうわよ」
完璧なヒーローの褒め言葉は、ヒーロー所以のものだろう。2人の賛辞を真面目に捉えることもなく、2人には無難に軽くお礼を伝えた。
しかしシェリーの言葉は気になってしまう。
ヒロインのいるスイーツ店。
看板娘がヒロインなんて、魅力しかない。そんなお店ならば、ヒロインは様々なストーリーを生み出すに違いない。
「シェリーとお店を開いたら、毎日が楽しいでしょうね。シェリーは可愛いから、お店はきっと大繁盛よ」
「当たり前よ。ねえ、フルーリリもお揃いの制服着ましょうよ」
「ふふ。それは良いわね。シェリーの美しさを引き立ててみせるわ」
「やだもうフルーリリったら!そんな本当のこと!」
きゃっきゃっと楽しげに盛り上がる女子2人に、フレドリックとスヴィンは目を見開いた。
いつも完璧な淑女らしい彼女は、普段穏やかな表情を変えることはない。
昨日の泣き顔も胸を掴まれる思いがしたが、今日の自然な笑顔は破壊力がある。きっとこの保険医に心を開いているからだろう。
シェリーは、フルーリリに見惚れる2人の男をチラリと見てから、フルーリリに提案する。
「ねえ、このお菓子、ケネスにも分けてあげたら?あの子、あんな顔して甘い物好きなのよ。魔法使いは魔力を使うと甘い物が欲しくなるものだしね」
「そうなの?じゃあ持っていってあげようかしら」
シェリーは、手早くケネスへのお菓子をまとめた紙袋をフルーリリに渡し、合わせて立ち上がろうとしたフレドリックとスヴィンを引き留めた。
「お二人とも、もっとゆっくりしていってくださいね。ほら、お茶のお代わりも用意してしまいましたし」
にっこりと2人の男に笑いかけ、フルーリリだけを保健室から追い出そうとする。
シェリーの意図を読み、フルーリリは保健室の扉が閉まる間際に視線を送る。
『今からヒーロー達との熱い時間を過ごすのね。頑張って、シェリー。ヒーロー2人とも、貴女の虜よ』
強い期待と激励の気持ちを込めて見つめてくるフルーリリが、何を考えているかは分かっていたが、シェリーは敢えて誤解させておいた。
シェリーは別に、この2人の男に興味があるわけではない。フルーリリに強い興味を示した男達を、フルーリリから引き離したかっただけだ。
他人に無反応なケネスが、フルーリリにはあれだけの反応を見せる。これはなかなか貴重で興味深い事だ。
この先がどうなるかは分からないが、この上品な高位貴族の男達にフルーリリを渡すより、面白い事が待っているだろう。
ふふふと楽しげにシェリーは1人笑った。




