9. ケネスの褒め言葉
「ケネス、来たわよ」
研究室の扉を開けて入ってきたフルーリリに、ケネスはため息をついた。
「お前…待ち合わせしたかのような言い方すんなよ」
「え?待ってたの?」
「待ってねえよ。そんな訳ねえだろ」
チッとケネスは舌打ちする。
ケネスは今朝から散々だった。ダランソン師匠に付き合わされて魔物討伐に行ったはいいが、師匠はお腹の調子が悪いと言ってどこかへ行ってしまった。
1人残されたケネスは、ひたすら魔物を討伐しながら師匠を待ったが、結局討伐後も現れる事はなかった。
『少し休憩してから帰ろう』と近くの村で食事屋に入ると、師匠が村人に昼から酒を馳走になって盛り上がっていた。
「おおケネス、終わったか。お前1人でも何とかなりそうじゃったから、ここで休んでおったわ。今日はこのまま学園を休むから、学園長には適当に言っといてくれ。ほっほっほ」
「………」
楽しそうに飲んだくれる師匠に何も言うことは出来ず、ケネスは1人学園に帰りソファーに座り込んでいるところだったのだ。
――疲れた。今日は本当に疲れ果てた。あれはどう考えても、1人でこなす討伐量ではない。腹が痛いと言っていたが、師匠は最初から全てを押し付けるつもりだったに違いない。
ケネスは疲れでフルーリリの相手をする気にもなれず、そのまま目をつむっていると、フルーリリがガサゴソと紙袋を触る音が聞こえた。
目を開けるのも億劫に思いながら、そっと様子を伺うと、目の前に大量のお菓子が並べられていた。
「なんだこれは」
「これ、私が昨日作ったのよ。シェリーからケネスは甘いものが好きだって聞いたから、お裾分けよ。いつもの我が家のお菓子には劣るけど、食べられない味ではないはずよ」
「お前が…?」
ケネスはどこか怪しむように目の前のお菓子を見たが、素直に手を伸ばして口に運んだ。
「……美味い」
そうひと言だけ呟くと、次々と色々なお菓子に手を伸ばし、あっという間に大量のお菓子を平らげてしまった。
「これ、いつものお菓子より美味いぞ。お前、才能あるんじゃねえのか」
フルーリリは驚き過ぎて動けなかった。
ケネスが素直に人を褒めたところなど見た事がない。
どうせいつものように、フルーリリの作ったお菓子にも文句をつけるだろうと思ってたのだ。
――文句をつけられたところで、いつもの事だし気にしなかったが。
『これはきっと本心よね。お世辞を言うような子じゃないもの。…こういう子の言葉は嬉しいものね。少し感動してしまったわ』
珍しいケネスの賛辞に、珍しく素直な笑顔を見せるフルーリリの反応を見て、ケネスもまた少し驚いた顔を見せた。
『コイツもこんなふうに普通にしていれば、あんなに苛つくこともないだろうに』
ケネスはそう思いながら礼を言う。
「今日は魔力を使い過ぎたからな。昼も食えなかったし、正直助かった。魔力を使った日は特に甘い物が食いたくなるんだよ。買いに行くのが面倒でなかなか食うことはねえけどな。わるいな、美味かったよ」
「そう?口に合ったみたいで良かったわ。そんな風に言われると嬉しいわね。ありがとう」
「……」
普通の会話がいつもと違って調子が狂い、お互い何となく黙り込んでしまう。
まるで何かが始まり出したように見えたその瞬間。
バーン!と音を立てて、豪快に扉が開く。
酔っ払ったダランソンが、手に持った何かをブラブラさせながら戻ってきた。
「ケネス!帰ったぞ!これは土産じゃ。珍しい赤トカゲじゃぞ!研究素材に使うといい。……おお!フルーリリ嬢。遊びに来ておったか」
「先生!今日はお会い出来ないと思ってたから嬉しいです!お酒を飲んでいたのですね。私も飲酒できる歳になったら、一緒に飲みましょうね!私きっとたくさん飲めると思うんです」
前世酒豪だった自分を思い出し、自信を持ってダランソンを誘う。
ほっほっほと楽しげに笑ったダランソンは快諾した。
「もちろんじゃよ、フルーリリ嬢と一緒に飲みに行くのを楽しみにしとるぞ。その時は酒の珍味も上手いものを用意しよう」
「珍味!良いですね。先生、私きっと珍味にもハマると思います。楽しみですね」
楽しげなダランソンとフルーリリの会話は、先ほど確かにあった、いつもと違う空気をすっかり霧散させた。
そんな様子を、窓から覗く人物がいる。
保健医のシェリーだ。
シェリーは、フルーリリが保健室から出て行った後、すぐにフレドリックとスヴィンを適当な理由をつけて教室に返した。そしてフルーリリを追いかけ、窓から研究室の様子を伺っていたのだ。
ケネスに魔力で気づかれないように、自身に気配を消す魔法をかけて、息を潜めて事の成り行きを覗いていた。
そして意外なくらいに良い雰囲気となったところで、ダランソンの邪魔が入ったのだ。
「もう、師匠ったら。こういうのって、雰囲気である程度まで流されることが肝心なのよ。流される前に終わっちゃったら、それは無かった事と同じになっちゃうわ。また最初からのやり直しが必要ね。
…もう、本当に師匠ったら自分勝手なところが――ああ好きだわ。そんな勝手な師匠が好き。本当にダランソン師匠はいい男だわ…」
窓の外でシェリーは身悶え、ダランソンとフルーリリは楽しげに会話する。フルーリリのお菓子で疲れが取れたケネスは、師匠の土産の赤トカゲの研究に入る。
それはいつもの日常だった。




