リルファナと
母さんと父さんも一緒にガルディアの町へ到着した。
朝早くフェルド村を出たので、まだ昼過ぎぐらいの時間だ。
「ミーナについて回ってるせいか、クレアも体力が付いたわねえ」
「うん!」
全く疲れていない様子のクレアを見て母さんがこぼした。
それはイケメンの加護だと思うけど、クレアはそこまでは話さなかったようだ。
神様との会話まで、あっちこっちに触れ回るのはあまり良くないのかな。
「父さんはギルドに行くんだよね?」
「ああ、先に手紙を届けないとな」
「ちょっと気になることもあるから一緒に行くよ」
この前に報告した遺跡がどうなったのか気になるのでレダさんに聞いておきたい。
お昼過ぎなので冒険者ギルドは空いている。中に入るとレダさんが暇そうに受付に座っていた。
「よう、またさぼってるのか?」
「おや、マルクかい。これもお仕事さね。今日はぞろぞろと家族連れでどうしたんだい?」
「この後、家族で買い物でもってな。用事はいつも通りだ。これを頼む」
父さんは鞄から手紙を出すとレダさんに渡す。レダさんは慣れた手つきで手紙を受け取ると、1つ1つ確認しながら後ろにある棚に引き出しに分けて入れていた。
その後、別の引き出しから手紙を出して持って来る。
「渡すのは1枚だけだね」
「そうか、ありがとう」
父さんは受け取った手紙のあて先を確認して、自分の鞄にしまった。
父さんの用事はこれだけで終わりのようだ。
「レダさん、遺跡はどうでした?」
「あー、遺跡は確認出来たんだけど、地下が広くてね。あとでミーナちゃんたちにも探索の依頼をしようと思っていたさね」
未知の遺跡であるため、C級以上の冒険者に探索を依頼しているらしい。
ガルディアのギルドはB級以上の常駐している冒険者はほとんどいないため、実質C級への依頼となってしまっているようだ。
「なら2日後にまた話を聞きに来ます」
「軽く探索したけど危険も無さそうだったし、急ぎではないからゆっくりでいいさね」
明後日の朝まで母さんと父さんがレダさんの家に滞在予定ということも伝え、2日後に依頼を受けることにしてギルドを出る。
その後は5人で服屋や雑貨屋、アンテナショップを中心に見て回り、夕飯後はレダさんの家に案内した。
「随分と大きな家ねえ」
「レダの家だからな。領主から借りてるんじゃなかったか?」
「本人は押し付けられたって言ってたよ。家にもほとんど帰ってこないし」
「もったいないわね」
「レダらしいな」
客室には、ベッドが2つとテーブルやタンスなど必要な家具はすべて置かれている。
わたしたちが部屋を借りてからは、自分たちの布団と一緒に干しているのでいつでも使えるようにしているのだ。
◇
――翌日。
わたしは誕生日のときに父さんと母さんと3人で出かけたので、今日はクレアに譲ることにした。
リルファナがどうするかは本人に任せたけど、わたしと留守番することを選んだ。
「お姉ちゃん、リルファナちゃん行ってくるね!」
「いってらっしゃい」
クレアたちを見送って、今日はどうするかとリルファナと考える。
休みといってもフェルド村に帰るまでは何かしら予定があったので、本当に何もすることがないのは久しぶりだ。
「そういえば記憶の方は何か変化はあった?」
リルファナから喪失したような状態だと聞いてから、日本での詳しい話をして良いものか分からなかったので避けていた。
カルファブロ様の話では、そこまで気にしなくても良いと分かったし、クレアがいないときに聞いても良いかもしれない。
「そうですわね。今まではアルバムのようなものだと思って全く気にしていなかったんですの。カルファブロ様に聞いてからは、気になって少し昔のことを思い出すようにしましたわ」
必要が無ければ実感が薄い記憶を、わざわざ思い出そうとすることは無いのだろう。
「そうすると、前に感じていたよりも記憶が少し鮮明になっているようにも思いますの」
「そうなんだ。良かったね」
「ええ、あれはただの記録じゃなくて記憶なのだと実感出来るのは良いことだと思いますわ。でも正直なところ少し怖いですの……。日本での記憶が完全な実感として戻ったとしても、わたくしはこちらのまま。日本へ戻る方法もありませんもの」
「そうだね……」
「でもミーナ様は最初からその状態ですものね。……大丈夫でしたの?」
「うーん、記憶が定着するまで数日は寝込んでたし、しばらくはこっちの生活に慣れるのに精一杯だったかな。クレアや父さん、母さんもいて1人になることも無かったのは良かったかも」
熱が下がって、最初の数日はこれからどうしようという気持ちも大きかった。
でも、何も無いのんびりした生活の中で落ち込んだりはしなかったな。
今考えてみるとなんだか懐かしさというか、居心地の良さを感じていたような気もする。
「ミーナ様もですの? わたくしもなんとなくですが、しっくりときたような印象はありましたの」
「ファンタジー系のゲームを楽しんでるぐらいだからね。こういう生活に憧れみたいなものもあったかもしれないかな。昔の転生者のおかげなんだろうけど、困るほど生活水準も低くないし」
「たしかに、そうですわね」
その後はリルファナと初めて日本の話を色々とした。
リルファナは、日本でも執事やメイドがいる家庭のお嬢様だったことに驚いた。
リルファナがこちらに来たときは高校3年生だったとのこと。
日付を確認したところ、もう3年前のことなのできっちりとは覚えていないようだった。
ただ、西暦や夏休みの最初であったことなど、ほぼ一致するので同じ日か、せいぜい数日ずれているぐらいという気もする。
日本では年下だったけど、わたしより3年近く前に来ているから中身ではほとんど同い年だね。
リルファナの日本での名前を聞いても分からなかったし、リルファナもわたしの名前を知らないようだったので、知り合いではなかったようだ。
あのときの本当のミーナは何を言いたかったんだろう?
「門限だけは厳しかったので、ゲームは色々とプレイしてましたのよ」
誰でも知っているような有名どころから1990年以前の古いゲーム、わたしも知らないマイナーゲームまで遊んでいたようだ。
代わりに、ソシャゲと言われることも多いアプリゲームはあまり遊んでいないみたい。
わたしは何でもやる派なのでソシャゲでも遊んでいた。課金は月額パックなどの定額がほとんどだったけど。
なぜなら、わたしの好きなキャラはことごとく出ないのである。いくら課金しても出たならまだ良い。出ないと救われないのだ……。
「そろそろお昼ですわね」
「何か食べに行く?」
「日本の話をしていたら、なんだか和食が食べたくなりましたわ」
「ああ、それならソースもあるしお好み焼きでも作ろうか」
小麦粉を水と卵で溶いて、千切りにしたキュヴォロを入れて焼く。
ある程度、生地が固まってきたら豚肉を乗せてひっくり返す。
フィウメパラミタという魚から作った粉をかける。
この粉が鰹節に似ているのだ、粉状なので湯気で揺れたりはしないけど。
一口食べてみると、ふんわりとした生地に仕上がった。
調理スキルのおかげで知っている料理ならほぼ失敗しないのはありがたい。
「美味しいですわ。お店も開けそうですの」
「この辺りで、お好み焼きって見ないからいけるかもしれないね」
「冒険者を引退したら、そういう生活も良いんじゃありませんこと?」
「うーん、まだ考えてもいないなあ」
「未知の料理を作って売るというのも楽しそうですわ」
昼食後はセブクロの話や、日常の話などもした。
お嬢様にも大変なことは多いようだと理解したが、リルファナから見ればわたしの生活も珍しく映るようだ。
意外としゃべっているだけでも時間は過ぎるものだ。
気付いたら外は随分と暗くなってしまっている。
「ただいまー」
クレアたちが帰ってきた。
服を買ったようで、クレアは家を出たときとは違う服を着ていた。
「お、コノヤキじゃないか。聖王国に滞在したときはミレルたちとよく食べ歩いたもんだ。作ったのか?」
1枚だけ残って置きっぱなしだったお好み焼きを見て父さんが懐かしそうに呟いた。
まあ、転生者がいたならどこかにはあるよね。
わたしとリルファナは顔を見合わせると同時に笑い出した。