火の神の聖域
一緒にお招きされることもあるのかと、リルファナと山の方へと歩いていく。
少し遠いが、爛々と輝く松明が灯された洞窟の入り口が見えるのだ。
「あっちだろうね」
「そうですわね……。ミーナ様随分落ち着いてますわね?」
「3回目だし、なんか予兆みたいなものを感じたから慣れたよ」
「予兆ですの?」
リルファナも石像を見ていたと思うのだけど、視られた感覚には気付かなかったようだ。
「教会にあったものと同じ形でしたわね」
「神像だったのね」
神像なんて滅多に見るものでもない。わたしが見たのは町の教会に行ったときぐらいなので思い出せなかった。
リルファナは自由行動のときもお祈りに行くと言ってたから最近見て覚えていたのだろう。
リルファナと話しながら歩いていると、洞窟の入り口へと辿り着いた。
洞窟の中はすぐ部屋になっているようだ。壁にはいくつもの松明がかかっていて明るい。
「久しぶりの客じゃのう」
初老のドワーフが椅子に座って大麦酒を飲んでいた。赤い金属鎧を着て、鈍器を腰につるしている。
「火の神カルファブロ様ですの?」
「わしの名を知っているとは勤勉じゃな」
「戦の神としても祀られておりますわ」
「ほほ、昔はやんちゃしたものじゃよ。まあ座りなさい」
リルファナは神様にも詳しいみたいだ。神様の昔ってどれぐらい前なんだろう。
2人で座ると「嬢ちゃんたちにはこれがいい」とグラスにお酒を注いで出してくれた。
赤ワインのような色だが甘い香りがする。一口飲むと甘いジュースのような味わいで、アルコールっぽさは全く感じない。
わたしの周りに明るい光と暗い光が瞬いた。リルファナは明るい光と黄緑の光だ。
前回の闇の神様でもあった現象だし、他の神様に出会っているかチェックみたいなことをしているようだ。
「甘くて飲みやすいですわ!」
「ジュースみたい」
「そうじゃろそうじゃろ。わしには物足りないところじゃがのう」
ニヤリとしながら髭を撫でながら、自分は大麦酒を呷っている。
「つまみにはやっぱりこれじゃな」
カルファブロ様が出したのはいくつかの小皿。枝豆やピーナッツが盛られていた。
「それとこいつもどうかな、飲みやすい蜂蜜酒なんじゃが」
小さなグラスに入った蜂蜜酒を置かれた。黄金色の液体が綺麗だ。
恐る恐る飲んでみるとこちらもアルコール度数は低いようで飲みやすい。ふわっと赤い光が舞った。
「さて、何か知りたいことはあるじゃろうか」
「わたしとリルファナで元の世界の記憶の扱いが違うのは何でか知りたいかも」
「ほう、転生者というやつか。最近では珍しいのう」
これは神様に聞かないと分からない問題だろう。少し気になっていたので質問した。
どれどれとわたしとリルファナをじっと視る。
「ふむ。どうやらこちらに来る時期が早かったようじゃな」
簡単に説明すると、転生時には異世界での記憶をこちらの身体に入れる必要がある。リルファナは12歳で転生してきたが、まだ未発達であったためか、地球の記憶を入れるには脳の容量が不足していたようだ。そのため、元の記憶を圧縮して無理やり詰め込んだ状態になっているとのことだ。
逆に幼児の頃に転生していれば、身体に保存されている容量が少ないので問題なく詰め込むことも出来るらしい。
また、特別な事情が無い限りは亡くなった直後の身体に入り込む。
魂は身体から離れているので元の身体の持ち主のことを気にする必要はないみたい。もちろん、周囲の人間はそのことに気付かないので、元の繋がりを気にするならばそれなりの振舞いが必要になるけれど。
「診たところ記憶が破損しているわけではないようじゃ。成人してしばらくすれば徐々に戻るじゃろう」
「もう成人していますわ……」
「おっと、そうじゃったか。人の子の年齢は分かりにくいわい。ふぉふぉふぉ」
とりあえず放っておいても問題ないようなので安心した。
「むしろ、お主の方がこんがらがっておるわい」
カルファブロ様がくるりとこちらを向いた。
「わたし?」
「うむ、どうも記憶がこんがらがっておる」
テレネータ様とイケメンが修正してくれたやつかな?
カルファブロ様がわたしの頭に手を乗せた。不思議な暖かさを感じるとミーナと出会った記憶が蘇る。
「――これで、古代文明ヴィルティリアの……。もし出会えたら、リルファナと仲良くね」
リルファナ?
何故元のミーナがリルファナを知っているのだろうか。同名の別人かもしれないが……。
「リルファナは、前にわたしと出会ったことあったっけ?」
「いえ、ガルディアの町前が初めてだと思いますわ」
「隣国の貴族だもんね。ソルジュプランテで生まれたとかじゃないよね?」
「ええ、わたくしはラディス島で生まれたと聞いたことがありますので」
歳が近いとはいえ、父さんに預けられる前に出会ったという可能性はほぼ無いだろう。もし出会っていたとしても同じ場所で生まれていた場合だろうけど、それも無さそうだ。
「焦らなくても時が来れば分かるじゃろうよ」
カルファブロ様は先ほどまでと違い、真剣な眼でじっとわたしを見ていた。
「さて、そちらのお嬢ちゃんは何か無いかね?」
「そうですわね。個人的に鍛冶をしたいのですけれど、どこかで出来ますの?」
神様相手に俗物的な質問な気もするが。
「そういえば転生者じゃったな。300年前とは違って相当不自由に感じるか。わしが下界に降りたときの道具があればある程度自由に出来るのじゃがな」
話を聞くと下界で使っていた小部屋に道具類を置いてきてしまったらしい。
予備もあるので取りに行くほどのものでもないし、面倒なので放置しているとか。部屋の特徴を説明してくれた。
「わたくしたちがここに来た部屋に似てますわね」
「あの部屋は、砲台に守護を任せていたはずじゃが」
ウルトラキャノンのことかな?
「ごめんなさい。壊してしまいましたの……」
「なんと! やるではないか。しかしあの部屋への入り方は150年ほど前の伝染病の流行で失われているはずじゃ。どうやって見つけたのじゃ?」
カルファブロ様は怒るどころか楽しそうに笑い、質問を投げかけた。
「あの……、カルファブロ様、というより神様たちはこの世界が、わたしたちが遊んでいたゲームの世界に似ていることはご存知なのですか?」
「もちろん知っておるぞ。セブクロとか言うやつじゃろ。昔に出会った転生者に聞いたが本当にそっくりだそうじゃな」
神様も知っているようだ。
「ここはゲームと同じ世界ではない。だが似ているのも間違いではないというところかの。まあお嬢ちゃんたちは悪人でもないし、全く同じではないということだけ留意すればいいじゃろ」
と言って詳しいことは教えてくれないようだった。やはり自分が管理する世界と似た世界のゲームがあるというのは嫌なのだろうか。
「その知識で隠し部屋の存在を知っていたんです」
「なるほどな。そこまで再現しておったか……」
カルファブロ様は納得したのか頷いた。再現ということは、ここを再現したものがゲームの世界だったということだろうか。
「鍛冶についてだが、あの部屋の物は全部持って行くといい。それにあの部屋にずっと寝かせておくのも可愛そうじゃしな」
今度は、わたしとリルファナの頭に手を置いた。すると、鍛冶道具の使い方や一般的な鉱石の知識が自然と頭に入ってくる。
「これであの道具を使えるようになったはずじゃ。お嬢ちゃんたち風に言うなら『鍛冶スキルを取得した』というところじゃな」
「ありがとうですわ!」
「わしが与えたのはあくまでも基礎的な知識と技術だけじゃ。磨くかどうかお嬢ちゃんたち次第じゃな」
銅、鉄、銀といった一般的な金属と霊銀ぐらいまでなら使えそうだ。それ以上の素材を扱うのは難しいと感じる。そもそも素材を手に入れないといけないけれど。
「さて、次はこちらが話を聞く番じゃな!」
カルファブロ様はドンッととっくりとおちょこを自分の前に置き、わたしたちには最初に出してくれたお酒をついでくれた。
◇
どうも神様は人の話を聞くのが好きなようだ。
出会うことが出来れば願いを叶えてくれるわけだし崇拝されるのも道理なのかもしれない。
「ミーナ様ったらツルハシで壊しましたのよ。風情がありませんわ!」
「なんと! しかしあれはそう簡単に壊せないように頑丈に造ったような……。うむむ」
リルファナがいると、しゃべってくれるので楽だなあとぼけーっとしていた。
「おっと、そろそろ時間じゃな」
「あら、残念ですわね」
「達者でな。また話を聞けると良いのう」
カルファブロ様の言葉と共に先ほどの部屋へと戻っていた。
多分、時間が止まっていたのも同じであろうとクレアの方を見るとクレアの目が輝いている。
「お姉ちゃん、リルファナちゃん。また神様に会ったよ!」
カルファブロ様の神像みたいだから今回はお留守番かと思っていたが、クレアもどこかの神様に呼ばれていたのか。
「ステラーティオ様、かっこよかった!」
あの中二病か。こっちの人から見るとかっこいいんだ……。
「わたくしとミーナ様はカルファブロ様でしたわ」
「リルファナちゃんたちは一緒だったんだ。いいなあ」
「ここはカルファブロ様が使っていた部屋だったんだって。道具を持って行って良いって言われたから回収していこうか」
残っていた道具や書類を全て回収する。
詳細はあとで確認することにして、階段の上でソルジュ苔と闇草も採取してから坑道を出ることにした。
帰ったら依頼の報告を済ませて、鍛冶のやり方を確認しよう。その前に宿もとらないとね。