休息の日
――翌朝。
2人ともまだ寝ているのでカーテンを少しだけ開き、窓際のテーブルで地図と図鑑を広げて付近の魔物を調べることにした。
「おはようございます、ミーナ様。クレア様は珍しくまだ寝ていますのね」
思った以上に疲労していたのか、クレアはなかなか起きなかった。
初めて村から離れて町で生活しはじめ、すぐさま依頼であちこち歩き続ければ疲れるか。
滅多に文句も我がままも言わずに付いてくるので、わたしやリルファナのように基礎ステータスが高くはないのだということをどうしても忘れがちになってしまう。反省しないと。
無理させたくはないので何日か休んでも良いかもしれないな。
宿屋もそろそろ1週間となるので支払ってある宿代が切れる。更新するか家を探すか決めておいても良いだろう。
「わたくしはミーナ様にお任せしますけれど、レダ様の家を借りるのが一番良いかと思いますの」
「他の家より?」
「ええ、レダ様なら信用も出来ますし、クレア様が未成年ですので家を貸していると保護者のような立ち位置にもなると思いますわ。それに家賃を考えれば部屋も庭も破格の広さですので、生産スキルも試しやすいかと」
そっか、その辺りも考えるとかなりありがたい話でもあるのか。むしろそこまで考慮して言い出してくれたのかもしれないかな。
「は! 寝坊しちゃった」
突然、クレアががばっと飛び起きた。
「おはようございますクレア様。今日はお休みですよ」
「あ、そうだった! おはよう、リルファナちゃん、お姉ちゃん」
「おはよう。詳しい話は後にするけど、やっぱりレダさんの家を借りようかってリルファナと話してたんだ」
「……うーん? あの大きい家に住むの?」
「クレアが嫌じゃなければね。起きたばっかりだから後にしてご飯にしてから、依頼報告へ行こうか」
「うん!」
クレアはまだ少し寝ぼけ気味のようだ。
顔を洗って寝巻きから着替えると朝食を食べに食事処へ向かった。
今日は町から出ないので普段着と腰に剣を吊るすだけだ。普段着を着る機会があまり無いのでこういうときに着ておかないとね。
クレアも前に町で買った服を着ている。ガルディアの町では必要なさそうだけど、念のため護身用の短剣を持たせているので、それだけは身に着けていた。
リルファナはメイド服なので変わらないように見えるが、数日前に買い足した未改造のメイド服を着ているようだ。半年近く着ているだけあって、普段着ているメイド服は日に焼けたりして色が褪せてきている。違うものを着ているのはすぐ分かった。
◇
火蟻の依頼は、ギルドの買取受付の担当になっていたので先にそちらに素材を持って行く。
宿屋をゆっくりめに出たとは言え、まだ朝の時間帯だから空いているようだ。
買取の受付はこの前のお兄さんが担当していた。
「よう。今日は随分早い時間だな」
「今日は報告だけでお休みにしようかと」
「そうかそうか。最初は自分の身体への加減ってものも分からないもんだから休みは多めに取るといいぜ」
「『火蟻の討伐』の依頼用で、残った分は買取でお願いします」
「あいよ! ってまた随分狩ってきたな……。ほんとに初心者か怪しいレベルだぜ」
何だか依頼の受付よりもここのお兄さんの方が冒険者の知恵袋的な感じで役立っている気がする。
ギルドカードと取ってきた素材を全部置いたら、お兄さんが驚いていた。
「これは全部蟻か。ばらばらな物もあるけど、それはそれで使い道があるからな」
甲殻は多少砕けててもいいようだ。どうにかすれば蟻酸が取れたりするのかな?
爆発で粉砕したやつも持ってくればよかったかも。
「蟻の巣でも見つけたのか? 巣の破片もあれば買い取れるぞ」
「巣も?」
「知らなかったか。蟻の巣の中には、蟻が貯蓄している蟻蜜が詰まっていることがあるんだ。量によって当たり外れはあるが、取ってくるのは大変だからD級レベルの素材としては意外と高く売れると思うぜ」
むむむ。図鑑にも載っていなかったな。今度から剥がしてこよう。
「火蟻は依頼での買取の方が高いから、2匹分は依頼として計算しておいたぜ。全部で大銀貨4枚と小銀貨3枚だな」
宿代だけで3泊にちょっと届かないぐらいか。1日での稼ぎなら十分だろう。
ついでだからあまり気にしてなかったけど、火蟻の依頼報酬が大銀貨1枚と小銀貨3枚だった。2匹分なので倍として大蟻だけでも大銀貨1枚と小銀貨7枚か。D級依頼の範囲だからかそれなりに高く買取してくれているようだ。
この調子で報酬や素材の売却額が上がっていくならC級依頼を受けられるようになれば安定した生活が送れるだろう。
「最近は蟻の素材が不足気味だから少し値上げしてるんだ。……よし、依頼の報酬分は受付の方で受け取ってくれ」
「ありがとう」
「仕事だからな!」
同じ素材ばかり取ってきてたら値崩れするということだろう。ゲームじゃないので固定値のわけないか。
礼を言って受付に行き、この前と同じように完了の報告をする。配達分も加えて小銀貨換算で48枚だ。
あとは採取依頼と依頼完了のポイントが溜まればC級に上がれるはずだ。昇格するためのポイントの必要量は公開されていないので正式には分からないけど、順調にいくと1ヶ月ほどらしいとはギルド内で話している人がいたことがある。
それが本当であれば平均的な難易度のD級依頼10回分ぐらいではないかと推測している。セブクロだったら初期はこんなもんでしょというのもあるけどね。
素材の売却額と依頼の報酬は、全てわたしのカードに入れてもらったあとに大銀貨3枚を現金にした。
「今回は大銀貨1枚ずつを配っておくね」
「いいの?」
「この調子なら黒字になりそうだし、少しぐらい好きに使いたいでしょう」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「クレアが頑張って稼いだお金でもあるんだからね」
クレアが受け取ったお金を見てにこにこしていた。
蜘蛛のときより仕事としては地味だけど、今の方が自分で稼いだという印象が強いのだろう。
宿代と食事代としてはまだ赤字ではある。
しかし、D級の討伐依頼に集中すれば黒字になりそうだと分かったし、自由に使えるお金を少しでも配ったほうがやる気も出ると思う。
「そろそろお昼だから、そのあとは自由行動にしようと思うんだけどいいかな?」
「え、お姉ちゃん何かしたいことでもあるの?」
「わたしは特に無いけどたまには1人でやりたいことでもあるかなって思って」
「うーん……。じゃあ、図書館にでも行ってみようかな?」
いきなり言われても特にやりたいことも無さそうだったけど、図書館なら1人の方が時間や周りを気にせず本を読めるだろうから丁度良いかな。
――昼食後。
「午後2の鐘が鳴るまでには宿屋に戻って来てね。わたしは少し買い物して午後1の鐘が鳴ったら部屋に戻って本読んでると思う」
「うん。図書館の閉まる時間だし、その前ぐらいには戻るよ」
「わかりましたわ。教会に行ってからゆっくり買い物でもしてきますの」
村以外で、別行動するのは初めてだね。
北通りの店はあまりちゃんと見ていないので少し散策してみようかと、環状の道路前までクレアと一緒に行って別れた。
わたしが小説の主人公なら仲間と別れたこの隙に町でも救っちゃうんだろう。しかし、わたしは本当に買い物に行くのだ。
北通りの店を少しふらついて冒険者向けの店で鑑定用のルーペを買った。
……忘れてたんじゃないよ、そろそろ使うときが来るかもしれないと思ったのだ。
そのあと西通りに出て、前に寄った本屋でリルファナのオススメで買った小説の2巻を購入。
冬の暇なときに読んでいたのだけど続きが気になる終わり方だった。
内容としては成りあがり系の王道ストーリーだけど、実際に冒険者になってみると冒険者生活が結構リアルに描かれていると思う。
そういえば1人で歩いていてもたまに振り返られることがあった。でも声はかけられないし、そんなにわたしは田舎者っぽいんだろうか……?
慣れてきたとはいえ、気にならないというわけでもないのだ。そのまま宿屋に戻って読書することにする。
途中、雑貨店だけ寄って鉛筆と紙を補充した。
「ただいま戻りましたわ」
本を読んでいると、午後2の鐘が鳴る前にリルファナが帰って来た。教会でお祈りしたあとは、本屋といつもの服屋に寄っていたらしい。裁縫関係の本を買ってきたようだ。
午後2の鐘が鳴って少し経ったので、そろそろクレアが帰ってくるかなと窓の外を見ていると誰かと一緒に歩いているのを見つけた。一緒にいるのは、この前相談された少年のスティーブだ。
クレアを送ってくれたようで宿の前で引き返していく、クレアが軽く手を振っていた。
「ただいま、お姉ちゃん。裏書のおかげで図書館は無料で入れるようになってたよ。あと本を探してたらスティーブくんと会ったよ」
「おかえり」
「薬草の見分けがつくようになって随分稼げたんだって。剣術の本とかも読んで練習しているみたい。お姉ちゃんとリルファナちゃんにもお礼を言っておいてくれって頼まれたよ」
スティーブもアドバイスした通りにしっかり勉強もしているようだね。
宿屋で夕飯を済ませ、部屋でレダさんの家に部屋を借りるか相談する。
クレアも、知り合いの家だしその方が良いというので、明日レダさんに相談しに行ってみることにした。