トレンマ村
リルファナに水の攻撃魔法を教えてもらった。
その名も水鎌。水が鎌のように飛び出す魔法らしい。
リルファナが言うには微妙過ぎて使わないだろうということだ。名前からは水で出来た回転する鎌の刃で切断するようなイメージだったんだけど違うのかな?
わたしなら妄想力で撃てるだろうし町の外に出たら試してみよう。
「今日はD級の依頼を受けてみよう」
「はーい」
朝、ギルドでいつものように掲示板から依頼を探す。ところどころ貼られたスペースに抜けがあるのでD級の依頼書を持って行ったグループもいるようだ。
D級依頼の内容を見ると、E級の依頼と内容はさほど変わらないようで東の森や西の川沿いの依頼が多い。討伐対象はE級から引き続き足長蟹やウルフなども入っているが森林熊や毒蜘蛛などが増えている。また討伐数や採取量が明確にされていた。
まだまだ駆け出しのD級に護衛依頼はないようで、その他枠から受けることになるだろう。
思うにセブクロでいうとレベル10ぐらいのクエストになったような感じだ。
まだ日帰りで大丈夫そうだね。宿屋に支払っている代金も残り3日分なので、あまり長く空けられないし丁度良い。
わたしたちの泊まっている宿屋は、依頼などで宿泊期間を過ぎてしまっても冒険者だと言っておけばしばらくは荷物を預かってくれる。
そもそも、大事なものはマジックバッグに入れてあるので、勝手に片付けられてしまうことはないけど。
依頼で長期間空けてしまうのも部屋代と朝食代を払っている以上もったいない気分になってしまう。
容量に余裕はあるもののマジックバッグにも制限はあるし、いずれはしまいきれなくなるだろう。家を借りた方が良さそうかな。
「『トレンマ村への荷物の配達』、『火蟻の討伐』、この辺りかなあ」
「火蟻は受付不要ですのね」
討伐の依頼書は、四隅が留められているので常在依頼になっているようだった。
トレンマ村は、昨日行った西にある橋を渡った先にある村だ。畜産から発展した村でガルディアの町の食肉はここの物を使っていることが多いらしい。肉は生物なので町近くでないと配送出来ないのだろう。酪農も行っているので乳製品の扱いもあるみたいだ。
朝出れば夕方には帰ってこれる村。羨ましい。
配達の報酬は小銀貨5枚。ほぼ危険も無い道だし、日帰り出来るので少なめだ。報告だけなら別の町でも出来るので、西に行く人がついでに受けてくれれば良いなという程度なのかもしれない。
討伐の方の火蟻は、ただ大きな蟻という見た目とは違い危険な能力を持っていて、セブクロでは初心者が油断してやられやすい魔物だった。
レベルは10ぐらいだが、可燃性の蟻酸を着火して飛ばしてくることで火を噴くのだ。ゲームと違って実際に食らうとなると火傷の危険もあるだろう。
連射は出来ないし知恵は昆虫レベルなので、しっかり狙って撃ってくるようなことは無い。正面に立たないように立ち回れば大丈夫かな。
「お姉ちゃん、配達を受けて余裕があったら蟻に行く?」
「そうしようか。村で蟻について聞いてみても良いかも」
町の近くで見つかるなら倒してから帰ってくれば良いだろう。
依頼の詳細を読むと素材になる甲殻が欲しいとのこと。必要量も綺麗な状態なら1匹分となっている。
◇
ギルドで配達する袋を受け取ったあとはそのまま西門を出る。
到着先で入っていたはずだなどと言われては困るので、中身は確認しておくようにと受付で言われた。どうやら砂糖や塩などの調味料のようだ。
トレンマ村でお昼を食べられると聞いたので、今日はお弁当も買わなかった。
街道を歩いていると巡回中の騎士さんたちにすれ違ったが、特に声をかけられるようなこともなく、昨日は渡らなかった石橋に到着した。
川幅が30メートルはありそうなので橋も長い。大型の馬車も通れるように橋も大きく、どっしりとした造りになっている。
「上から見るとすごい大きい川だね、お姉ちゃん。こんな大きな橋もあるんだね」
「すごいね」
「ふふ、大陸からラディス島にかかる橋はもっと大きいですのよ」
「うーん、想像出来ないよ」
村の川にかかる橋なんて数メートルだもんね。
日本なら普通にある大きさだけど、村から出たことの無いクレアはこれほど大きな川や橋なんて初めて見ると思う。
ラディス島にもいずれは行ってみたいけど、リルファナが狙われている可能性もあると聞くし隣国のヴァレコリーナに行くのはしばらく無理だろうね。
橋を過ぎて街道を歩いていると北側は草原で向こうの方に山があるのが小さく見える。南側は森のようだ。
お昼になる頃には、集落が見えてきた。トレンマ村だろう。
畜産や酪農が主要とはいえ畑もある。
土の加護がかかっているフェルド村と違って、小まめに世話をしているようだ。畑にちらほらと人影が見える。
配達の目的地は村の酒場だ。
西方へ抜けていくための通り道にもなっているので、小さいながら酒場や宿屋などの様々なお店も建っているようだった。
村の中央広場になっているような場所で酒場を見つけた。酒場はひとつしかないと聞いているのでここだろう。
客が20人もいたらいっぱいになりそうな酒場に入るとエプロンをした女性が出てきた。
お昼時なのに酒場の中にいる客は数人だ。
この世界では酒場と言っても大抵は食堂を兼ねていることが多い。ここは村だから仕事の終わった村人が集まる夜の方が賑わうのかもしれない。
「いらっしゃいませー」
「すいません、ガルディアの町から荷物の配達です」
「ああ、やっときたのね! 父さん、調味料が届いたよ!」
女性は台所になっているのだろう奥へと声をかける。
「おう! やっとか!」
奥から中年の男性が、前掛けで手を拭きながら出てきた。親子でやっているお店なのだろう。
「ちゃんとあるな。助かったよ」
渡した袋の中身を確認し、依頼完了のサインを貰った。
「いつもは息子が町へ買いにいくんだけど、大蟻に噛まれちまって寝込んでるんだ」
「蟻ですか?」
大蟻がいるなら同じ蟻である火蟻もいる可能性があるかもしれない。情報が欲しかったところだ。
「ああ、普段は素材集めに来た冒険者が間引いてくれてるんだが、ここしばらくは討伐に来る冒険者がいなくてな。普段は南側の森にいて村の中までは入ってこないが、最近は村の近くでも見かけることがあるんだよ。あまりに増えたら村長が町に討伐依頼を出してるんだが、そろそろ検討してるかもしれないな」
「あの、……火蟻もいますか?」
「火蟻? 人里まで近寄ってくるのは大体が大蟻だな。同じ巣にいる蟻だから森の奥までいけばいるんじゃないか?」
これは大蟻を間引くついでに火蟻を倒すチャンスかな。丁度良さそうだ。
「あの……、怪我が酷いようなら私が治すよ?」
「おや、嬢ちゃんは癒し手なのか。そこまで酷くはなさそうだったが一応診てもらえるか?」
クレアは案内すると言った女性の後をついていったが、すぐに戻ってきた。
腕の傷を確認して癒しをかけたら、見た目よりも傷が深かったのか回復魔法で体力を消耗して眠ってしまったようだ。
「わたしたちは火蟻を倒す予定だったので、帰りに森を見ていきますよ」
「ありがたい。治療のお礼に奢るからうちで飯食ってけよ!」
元々村でお昼を食べるつもりだったので、ありがたく頂くことにした。
「この村のチーズを使った料理よ。熱いから気をつけて食べてね」
出てきたのはチーズたっぷりのリゾットだった。まだ出来立てで湯気があがっている。
「あちち」
クレアはあまり警戒せずに口に入れたようで、焦って水を飲んでいた。
とろっとした濃厚チーズを、リゾットと絡めて食べると口の中に芳醇なチーズの香りが広がった。
「こっちも食べてみてよ」
薄くスライスして茹でたポテトに、チーズをかけた一品だ。ラクレットに似ているかもしれない。
「あら、チーズの味が違いますわ」
「ええ、こっちはポテトに合うものを選んで使っているんです」
「少し香りと酸味が強いチーズですのね」
わたしも一口食べてみた。
うん、何か違うなぐらいしか分からない。どうせわたしの舌は普通ですよ。
「茹でてはあるけど土臭さを抑えるようにしてるのよ。そこまで分かるなんてなかなか通だね!」
「腕のあるシェフですのね」
「あはは。そこまで言ってくれれば父さんも喜ぶだろうさ」
昼食後、少し休憩してから親父さんに南の森の様子を見ながら町に帰ることにする。
あまりに大蟻が多い状況なら村に戻ってくるかもしれないと伝えた。何もなくても村に戻ってると今日中に帰れなくなるからね。
「おう、緊急でもなければ町の冒険者ギルドか騎士団の駐屯地に伝えてくれても大丈夫だ」
そうなんだ。連絡網がしっかりしている国だと思う。
酒場を出ると、来た道を戻りながら森の方へ入ることになる。夕暮れまでに町に帰れるかな?