誕生日
2月の頭頃に1度町へ行ったりもしたが、特に変わったこともなく月日は過ぎていった。
そしてついに、わたしの誕生日となった。
……のだけど、わたしは父さんと母さんと3人でガルディアの町から村へ帰る途中である。
クレアとリルファナは留守番すると言って家に残った。
町でも父さんがギルドに寄った以外は特に目的も無いようで、あちこちの店を回ったぐらいだ。
金物屋に手回しのミンサーが売っていたのでちょっと高かったけど購入した。家に置いておくつもりだから、わたしはもうあまり使わないかもしれないが、母さんへのプレゼントにしても良いだろう。
母さんと町で買い物出来るとは思わなかったので楽しかった。
母さんの服をコーディネートしてあげたら、変わるもんだなと父さんが驚いていた。
父さんと母さんはわたしの成人前の思い出作りでもしたかったのかな?
「ミーナと町に行ったのは初めてだけど楽しかったわ。もっと前からクレアとも一緒に行くべきだったかしら」
「村の連中はあまり町に行かないからな。野菜も売れるようになって少しぐらい遊びに行く金もある家も多いだろうが、簡単には変わらないだろうな」
「畑だけの家なら大丈夫だけど、家畜の世話がある家は難しいかもしれないわね」
お昼を食べてから町を出てきたので、村に着くのは日が沈む頃だろう。
そろそろ村に着くという休憩中に母さんが神妙な顔つきで尋ねてきた。父さんは何か言いたそうだけど黙ったままだ。
「冒険者を目指して家を出るというのは良いのだけど、ミーナは何か目標があるの?」
え、無いよそんなの。村にいるのが退屈なだけだし……。
うーん……、わたしの灰色の脳細胞をフル活用して考える。
「あえて言うなら、世界中を見てみたいから……かな? よく分かんないけど」
「そう、……家が嫌になったとかじゃないのよね?」
「えっ? なにそれ?」
想定外過ぎてきょとんとしてしまった。急に母さんはどうしたんだろう?
「小さい頃だったからミーナは覚えていないかもしれないけど、ミーナが剣術を教えて欲しいって言ったときに『今度は守りたいから』って言ったのよ。一体どういう意味で言ったんだろうってずっと気になってたの」
「えっと……、ただの夢なのかもしれないけど……」
すごく小さい頃、多分赤ちゃんのときに森の中で、わたしと同じ髪色の女の人に謝られながら抱きしめられていた記憶があることを伝えた。
「そう、なら父さんと母さんは本当の親じゃないと薄々ぐらいは感付いていたのね」
やっぱりあの記憶はただの夢じゃなかったんだね。
「うん。……でも家を出たいのは冒険者になりたいだけで、全く関係無いよ?」
「母さんと父さんはね、ミーナが自分の本当の親を探しにいくつもりなんじゃないかって少し心配していたのよ」
そこで初めて、わたしを産んだ母の話を聞いた。
わたしを産んだ母親は、父さんの知り合いの貴族だったらしい。
フェルド村から見て南にある町でわたしが生まれた後、王都に戻る道で何者かに襲撃されたようだ。たまたま父さんが逃げ延びた母を南の森の中で見つけ、わたしだけが助かったということだ。
当時は何故、わたしの母が狙われたのかが全く分からなかったため、わたしの安全のために預けられていたのだとか。
蓋を開けてみたら随分と大事だったようで諸々が片付いたのは、わたしが6歳になった頃。
わたしの産みの母は、本当の父の第三夫人だったらしい。跡継ぎに困っているわけでも無く、わたしが男でもなく女であったこともあり、そのままフェルド村の子として育てられた。元の家の継承権は一切無いようだけど、変な事に巻き込まれたくないのでその方が良い。
と言った感じだった。なんだかいくつか明らかにぼかし気味の説明だったのだけど、聞かない方が良い話なのだろうか。
「それって、わたしは一応貴族の血筋なの?」
「あら、言ってなかったかしら。どっちみち父さんも元は貴族よ?」
「え?」
「貴族のお坊ちゃんが、憧れから冒険者になって依頼をこなしている間に村で私と出会ったのよ。最初は貴族様のつまらない冗談だと思っていたのに、私なんかのために冒険者だけじゃなくて貴族の地位も捨てて来ちゃったんだから」
「なんかじゃない。お前の方が欲しかったからだ」
「まあ」
父さんの不意打ちに母さんが両手を頬に当てて真っ赤になっていた。
惚気は2人でやってくれないかな?
父さんが貴族にコネがあるのは、元冒険者だからだけじゃなくて生まれからということもあるのか。
「ギルドで受け取ってきた手紙だ。ミーナの本当の父親に一筆したためてもらった。読むかどうかはミーナに任せるそうだ」
父さんが、わたしに手紙を渡してきた。
随分、装飾の多いしっかりした封筒だ。刻印もどこかで見たことあるような気もするが……。
「『着火』」
わたしは封も切らずにそのまま燃やした。粉になった灰が宙を舞った。
「いいのか?」
「わたしの父さんと母さんは今、目の前にいる2人だし、冒険から帰るのもフェルド村だよ」
――本来のミーナも、きっとそう言うだろうと思った。
◇
どうやらクレアやリルファナがいると話しづらいのではないかと、わざわざ3人で町に行くことにしたらしい。もちろん一緒に買い物したかったというのもあるみたいだけどね。
それと、なんでそんな話を帰りの道端でするんだろうと思っていたら、父さんがなかなか言い出せなかったのだと聞かされた。本当は宿屋で話そうと思っていたとか。このままでは村に着いてしまうと母さんが痺れを切らして話を切り出したようだ。
「そういえばクレアは町に付いて来たがるだろうと思っていたんだが、理由を説明する前に自分から何かやりたいことがあるから村に残ると言ってたな」
「ええ、大抵はお姉ちゃん、お姉ちゃんってミーナにくっ付いてるのに珍しい反応だったわね」
そうかな? クレアも結構1人であれこれやっていることも多い。
最近は冒険者になってわたしに付いて来たいみたいだから一緒に行動していることも多いけれど、わたしよりも村の友達と遊んでたりすると思う。町のお土産も配っていた覚えがある。
浮いた話は聞かないがそんな話があるのならば、わたしに付いてこようとはしないだろう。
まあ、その辺りは父さんと母さんから見ると違うようだ。
◇
家に着いて扉を開ける。
「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」
「ミーナ様、おめでとうですわ!」
クレアとリルファナが、出迎えてくれた。いつ帰ってくるのか分からないのにずっと待ってたんだろうか。
家の中は、紙で作った飾り物があちこちに飾られていた。
海凪としては二十歳を過ぎているので、しっかりと誕生日パーティをやられるとちょっと照れくさい。
「帰るのは夕方過ぎでミーナに扉を開けさせろって言ってたのはこのことだったのね」
「うん、リルファナちゃんと用意したんだよ!」
「ミーナ様ほど上手くは作れませんでしたけれど、料理とケーキも用意しましたわ!」
テーブルの上には丸いケーキが置かれていた。少し失敗したのかクリームがでこぼこしている。
切ったフルーツが乗っているけど、見たことが無いものだ。
前にパンケーキに生クリームをのせたときにレシピを書いておいたけど、実際に作るとは思わなかった。掻き回すのが大変なのだ。
主役は真ん中でしょとお誕生日席に座らされた。
そして出てきた料理は天ぷら……!
オニ、ナス、ルチェポテトの天ぷらが並んでいた。
種類を増やすためなのか、ポテトも揚げたようだ。
天つゆは醤油から自作したようで、摩り下ろしたホワルートを添えてあった。
家では揚げ物はしないので久しぶりに食べた気がする。川や畑に捨てるわけにもいかないので油の処理が面倒なのだ。村ではいらない布の端切れや書き損じた紙などに吸わせて少しずつ燃やしてしまうのが一般的だろうか。
「お姉ちゃんが多分喜ぶんじゃないかってリルファナちゃんが教えてくれたの」
「リルファナも色々な料理を知っているわね。美味しいけれど、油を随分使うのねえ」
母さんが天ぷらをさくさくと食べながら呟いている。父さんはお酒を出してきて天ぷらをつまみにして食べていた。
そもそも揚げるという概念が無かったようだ。
また1つ村にブームを巻き起こすことになってしまったかもしれない。
食後のデザートはテーブルに置かれているケーキだ。
形はちょっとばかり歪なケーキだけど、しっかりとした甘さと乗っているフルーツの酸味が合わさって丁度良い。
クレアとリルファナはわたしが料理をしているのを見たり手伝ったりして、調理スキルが多少は上がってるんじゃないかな?
「クレアもリルファナもありがとうね!」
サプライズの誕生日パーティが成功してクレアとリルファナも満足そうだった。
この世界でも、良い家族が持てて幸せである。
◇
「ミーナ様、どれも美味しいですわ!」
リルファナへのプレゼントは町に出かけてしまったので28日に出来なかった。なので本来の誕生日である3月2日に、元々考えていたハンバーグ、ステーキ、鶏の唐揚げの肉尽くしメニューを作って誕生日プレゼントとした。
あと4日経ったらクレアとリルファナの3人で冒険者として旅立つことになる。
クレアと父さんの約束は、この前とほぼ同じままとなった。
1つ目は、ガルディアの町を拠点にし、宿泊先を知らせておくこと。わたしたちが町にいるかはタイミング次第だけど、父さんが町に来たときに顔を出すそうだ。
2つ目は、月末の週に1日は帰ること、依頼などで遅れる可能性がある場合は予め手紙を出しておくこと。タイミングなどで少し前倒しするのは問題無し。
3つ目は、護衛依頼などを含めて国外に出ないこと。
最後に、3人のパーティを解散しないこと。信頼出来るという相手ならパーティに加えたり、別パーティとの合同受注は問題無し。
宿泊は初めて町に行ったときに泊まった宿屋にしばらくいるつもりだし、気をつけるのは2つ目ぐらいかな。
しばらくはガルディアの町を拠点に、国内を見て回ろうと思う。
読了ありがとうございます。
これにて第一部完となります。
今後もよろしくお願いします。