記憶
「リルファナちゃん、どうやって読むの?」
「これは古代語の1つですので、言語を覚える必要がありますわ」
普段、わたしたちが使っているのは共通語、または現代語と呼ばれる言葉だ。
大陸中で通じる言葉で、ほとんどの人が共通語しか話すことは出来ないし、それで十分である。
古い時代では、人種や種族によって様々な言語があった。
古代文明語、古代エルフ語、古代ドワーフ語などと呼ばれ、総称として古代語と言われる。
リルファナが言うには日本語も、正式な古代文明語の1つであるらしい。
古代文明の遺跡には、これらの文字が残されていて遺跡の近くの町では翻訳の研究も進んでいるとか。
ん? リルファナは転生者だった……んだよね?
と思っていたら、リルファナがこちらに向かってパチパチとウインクしている。なるほど、クレアがいるから誤魔化しているのか。
尚、後で知ることになるが、日本語が古代文明語の1つであるというのは本当のことであった。あまり残っていないらしいので、転生者絡みかなと思う。そのことをリルファナも知っていたのかは不明である。
薬の調合をしないといけないと、リルファナは話を切り上げて、わたしの許可を取って悪魔蜘蛛の目玉を持って部屋を出ていく。
リルファナは戻るときに、わたしだけに聞こえる声で「後で相談いたしましょう」と残していった。
◇
蜘蛛については、あまり有意義なこともないまま調べることも無くなったので、お風呂に水を汲んだり、アルフォスさんたちも夕飯を食べていくだろうと母さんの手伝いといった雑用をしていた。
クレアとリルファナはしばらくすりこぎを使って半日寝かせた薬草を磨り潰していた。
専用の薬研があればもうちょっと楽になるかな?
リルファナは沸騰させたお湯に目玉を入れていた。あれも飲み薬になるんだろうか……。
夕飯の手伝いをしながら、ちらちらと見ていただけだったのでその後どうなったのかは知らない。その方が良いのかもしれない。
久しぶりに台所に立ったのだけど、たくさん買ってきた醤油の減りが思ったよりも早かった。あと肉がやたらと増えていた。
ミレルさんも来るからか、母さんはカレーを作るようだ。
わたしはどうしようかな?
そうだ、町で見かけて気になってたし、ハンバーグを作ってみよう。醤油もあるし和風でいいかな。
牛肉と豚肉をひたすら潰してミンチを作り、パンを砕いてパン粉にする。
オニをみじん切りにして炒めておく。冷めたらミンチにした肉とパン粉、卵、牛乳、塩、コショウを入れて粘りが出るまで掻き混ぜる。
あとは丸めて平らにして両面を焼く。人数が多いので小さめにして数を多くする。
尚、煮込みにするので中央はへこませなくても良い。
焼きあがったら煮込み用のソースを作る。みりんが無いので酒と砂糖を混ぜて代用として、醤油を入れて温める。
仕上げにホワルートを摩り下ろして完成だ。
調理スキルのおかげか、塩やコショウなどで味を調えた方が良いときは作業中に自然と思いつくので楽だ。
「何だか良い匂いがしますわ!」
「……お腹空いてきた」
部屋の隅で作業していたリルファナとクレアがソースの軽く焦げる匂いに釣られて寄って来た。
「薬は出来たの?」
「ええ、傷用の塗り薬がいくつか出来ましたわ。解毒効果のある丸薬の方は明日まで乾燥させれば完成ですの」
「私も手伝ったんだよ!」
「途中で効果を上げるために魔力を含ませる作業があるのですが、クレア様は光の魔力操作が上手ですのね」
「最初に回復魔法を習ったからかな?」
クレアは母さんの手伝いをすることにしたらしい。少しぐらい休めば良いのに。
リルファナと軽く相談しておいた方が良いかなと思ったので、クレアが目を離している隙に、キリの良いところで2人で部屋に移動して、単刀直入に聞いてみた。
「リルファナも転生者なの?」
「ええ、ミーナ様もでしたのね……。わたくしはこちらに来てからそろそろ3年ですの」
「長いね、わたしはまだ3ヶ月ぐらいだよ」
長話する時間はないので、詳しい話はまた次回ということにして必要なことだけを確認することにした。
わたしが気になっているのは奴隷として扱っていることなのだが、リルファナの希望では今まで通りにした方が良いらしい。
奴隷契約はこちらの世界のルールに則って行われたことであるし、リルファナが貴族の生き残りとして命を狙われている可能性は消えていないので、下手に崩そうとすると知らないところで問題が出るかもしれないそうだ。
「ミーナ様はわたくしの嫌がることはしないでしょうし、正直、貴族の生活より今の方が楽しいですわ。助力を願ってそのまま残してきてしまった叔父様のことは心残りではありますが……」
能力については、リルファナは忍者経由のトリックスターであること、裁縫師と薬剤師の才能を持っていること。わたしは魔法戦士で、調理師と魔法付与の才能を持っていることをお互いに共有した。
「それと、転生者がいたら聞きたかったことなのですが、……ミーナ様は日本の記憶はありますの?」
「え? 普通に残っているけれど」
「そうなんですの? わたくしは知識としては残っているのですが、思い出そうとしても霞がかかったようになってしまって、家族や古くからの友達といった根強い記憶以外は現実味を感じなくなってしまっていますの……」
「……それは、いつから?」
「ほとんど最初からですの。わたくしとミーナ様では何か違うのかもしれませんわね。まあ、そのおかげかあまり気にせず貴族の生活にも順応出来たのですけれど……」
なんだろう? テレネータ様が言っていた中途半端になっているという影響なのかな?
どちらが幸せなのか分からないけれど、記憶が色褪せてしまうのは悲しいことではないだろうか。
原因については今ここで考えても分からないし、あまり長く部屋にいてもクレア辺りが呼びに来るかもしれないので台所に戻った。
まだ焼いていないハンバーグのタネがそのままだしね。
◇
残りのハンバーグを焼いていると外が騒がしくなった。
父さんがテーブルと椅子を並べていたはずなのでアルフォスさんたちが来たのかもしれない。
「あら、お客さんですの?」
「アルフォスさんたちかな? 父さんの元冒険者仲間で今はA級で活躍中」
「まあ、冒険者の先輩ですのね!」
外に顔を出すと、思った通りアルフォスさん、ジーナさん、ミレルさんがいた。1日中見かけなかったレダさんも来ている。
「こんにちは」
「おう、ミーナちゃん、クレアちゃん久しぶり」
「おひさ」
「ミーナちゃん、今日は随分とお洒落してるわね。ええと、そちらは?」
「故あって、ミーナ様に引き取って頂きましたリルファナと申します」
今日は森へ行かないと決まっていたので、わたしたちは町で買った服を着ているのだけど、やはり町に慣れてる人から見ればお洒落に見えるようだ。
自己紹介したリルファナはスカートの端をつまんで上品にお辞儀する。カーテシーとか言うんだっけ?
「町に行ったときに道中で助けたんだよ」
「そうか、マルクが親馬鹿を発揮してミーナちゃんの護衛にでもしたのかと思った」
「ん……ありえる」
「……いくら俺でもそこまではしないぞ」
リルファナはカーテシーで『隷属の首輪』をわざと見せたような気がするのだけど、アルフォスさんたちは気にしていなかった。
冒険者だと戦闘奴隷を買うこともあるらしいから、奴隷に対してあまり偏見は無いのかもしれない。
「ご飯を食べたらアルフォスたちにも説明するさね」
「おう、とりあえず調査のために来いって連絡だったよな」
母さんとクレアが外のテーブルに夕飯を運んできた。
「これは、ここでしか食べられない」
「ちゃんと野菜も食べなさい」
サッとミレルさんが自分の分のカレー皿を確保した。ミレルさんは偏食癖は治らないらしく、ジーナさんが注意している。
「和風、……いえ、聖王国風ハンバーグですわ!」
リルファナがハンバーグを頬張っている。聖王国、やっぱり和風の国なのか。みりんもあるかもしれないし、いつか行こうと思っている。
「町で食べたミートサンドを真似してみたんだ」
「あら、私たちも食べたけれど、あれよりさっぱりしたソースで美味しいわね」
「僕も、もう1個貰っても良いかな?」
ハンバーグも大人気のようだ。たくさん作ったのだけど、かなりの速度で減っていく。
「あ、ミレルさん、ソースのかけてないこの肉をカレーに入れても美味しいかも」
「むむ」
カレーに入れてもいけるんじゃないかと思って、いくつかはソースをつけずに焼いたままにしておいたのだ。
目に見えない速度でハンバーグを回収したミレルさんは、ハンバーグをカレーにつけて口の中に入れた。
「おぉ……」
ミレルさんは、新たな発見をしたような幸せそうな顔でハンバーグを食べている。
「ミーナちゃんは、冒険者なんてならなくても町で飲食店開いて、やっていけるんじゃないかね? これならギルドで雇いたいぐらいさね」
レダさんが、ハンバーグを食べながら呟いた。
「お姉ちゃんのことだから、すぐ飽きたって言って閉店しそう」
「確かに……」
クレアの返答に自分で頷いてしまった。