女王の影
レダさんはギルドへの報告が終わると戻ってきた。
「騎士団の方にも連絡してもらったさね。東街道は一般人にはあまり使われないとは言え、全く使わないわけじゃないし」
「あっちは鉱山しかないし、王都からの方が近いもんな」
「昔に比べるとミニエイナも賑わっているさね」
「ほう、俺たちが行ったときは村って感じだったのにな」
ミニエイナの町は北方に聳える霧の山脈の最東端にある鉱山の町らしい。わたしたちが今日到達した街道を東へ進むと、途中から徐々に北へと逸れていく。その道の先にあるのがミニエイナの町である。
町の鉱山では銅、鉄の産出が多く、少しだけ銀も出るとか。尚、ファンタジー定番の霊銀はもっと北の方にいかないと滅多に見つからないらしい。
「他に何か気になることはあるかい?」
「悪魔蜘蛛って街道にいるものなんですか?」
「普段は森の奥深くにいるものだって言われてて、ずっと北の山脈近くで見かけたこともあるって聞くけど、本来は滅多に見るものではないね。そもそも何の準備も無く見つかったら冒険者でもこっちの方が死ぬ可能性が高い魔物さね」
レアモンスターというのはセブクロから変わっていないって感じだね。
ここではレベル50ぐらいの魔物でも出会ったら死ぬ判定なのか。後半になると高レベルの魔物だらけの中に平気で人間が生活する町があったりするのは、やはりゲームの中だけのようだ。
「南の森は毒蜘蛛が大量発生してる可能性が高いんですよね」
「ああ、そうだね」
「蜘蛛が大量発生する原因といって思いつくものはありますか?」
セブクロでは1つだけ、蜘蛛絡みでそれに近いイベントがあった覚えがある。
でもこの世界ではイベントが発生するとは限らない。ゲームのようなイベント発生は突発過ぎて現実味が無いからだ。
「単純な毒蜘蛛の大発生か、場合によっては蜘蛛の女王が生まれた可能性があるさね」
覚えのあるイベントに関わる蜘蛛の女王自体は存在しているようだ。
「だが、女王が生まれたとするにしては、毒蜘蛛はてんでばらばらで統率されたような動きには見えなかったさね」
「まだ女王ではなく候補である。……巣の確立が出来ていないとか?」
蜘蛛の女王の討伐イベント。
世界各地の森の中にプレイヤーが2人以上いるとランダム発生するイベントクエストで、大量の蜘蛛型の魔物と1匹の蜘蛛の女王が発生する。周囲の蜘蛛は兵士、護衛、採集の役割を振られ、連携してくる蜘蛛たちは非常に手強い。
兵士は巡回。護衛は女王の警護。採集は巣の素材や食事を集める。また雑用係のようなものだ。
サボる蜘蛛がほとんどいないことを除けば蟻の生態に似ているかもしれない。
「まだはっきりとは断定出来ないが、最悪の可能性も考慮はしておいた方が良いのは確かか。万が一、女王がいたとしても見れば分かるさね」
蜘蛛の女王はアラクネと呼ばれる種族で、女性の上半身に蜘蛛の下半身がくっついたような魔物だ。言葉はしゃべらず、あくまでも普通の魔物の一種であり、巣を確立するとそこから動かず、周囲の蜘蛛を使って生活するようになる。
ゲームでは巣が確立した状態でイベントが発生するが、現実になったこの世界では、魔物たちもそれぞれの生活をしているわけで巣の確立前の段階からイベントが発生したっておかしいことではない。
尚、女王のレベルはイベントが発生する場所にもよるが大抵は70程度だ。セブクロでは序盤の町の近くの森で発生することは無かったけれど。
レベル40の魔物ですら倒すと驚かれるような状態なのに、数人の冒険者で対応することが出来るのだろうか?
わたしたちが遭遇した悪魔蜘蛛は、イベントの範囲としては位置が離れすぎている気もするし、イベントの発生は確定ではない。でもなんとなく、そうじゃないかという第六感ともいえる確信もある。
「とりあえずこの人数では危険過ぎるから明日は探索を休止。アルフォスたちが来てから決めるさね。薬品類も持って来るように頼んでおいたし、マルクはクレアちゃんの魔法で治ったとはいえ体力は戻ってないから休んでおきな」
「ああ、1日中戦ってたのも久しぶりで疲れたし、早めに休むよ。さすがにもう歳かな……」
「歳はアルフォスたちと大して変わらないさね。単に鈍ってんだよ」
「確かに、ミーナに教えることが無くなってからはサボり気味だったかもしれんな」
父さんは、怪我の影響か単純に大立ち回りで疲れたのか少しボンヤリとしているようにも感じた。
村には魔物避けの石柱と同じ効果を発生させる石塔が立っているので、現時点で直接、村が襲われる可能性は低いということだ。
「それならばわたくしは、採ってきた薬草で解毒薬を作っておきますわ」
「私も手伝うよリルファナちゃん」
「わたしは図鑑で蜘蛛系の魔物について詳しく調べておくよ」
とりあえず、アルフォスさんたちが来るまでに出来ることをやっていこう。
◇
翌日は、打ち合わせの通り探索は中止して村にいることになった。
夕方には、アルフォスさんたちが到着するだろうということだ。
畑の水遣りだけ手伝って、『魔物大全』で蜘蛛系の魔物を全て調べていた。気になった部分をいつものメモ帳に書き出していく。
父さんは珍しく真面目に剣の素振りをしていた。レダさんに、腕が鈍ってると言われたのがショックだったのだろうか。
クレアとリルファナは午前中から家の前にテーブルを並べて、薬草を干していた。
「本当は3日ぐらい乾燥させたいのですけれど、急ぎですから半日ほどで製作しますわ」
「それでも大丈夫なの?」
「ええ、少し苦味が残りますが効果はさほど変わりませんの」
「苦いんだ」
想像したのかクレアが渋い顔をしていた。
部屋に戻ったわたしは、蜘蛛の魔物を調べてみているが、あまり大したことは載っていない。
ほとんどが生息区域、毒の有無、糸を使用するか。それに弱点だと思われる属性といった程度だ。
ソルジュプランテ国内に生息する蜘蛛でダントツで危険なのは、昨日遭遇した悪魔蜘蛛。
その他の蜘蛛型の魔物は20レベル以下の雑魚ばかりのようだし、数以外は問題は無さそうだ。
また、蜘蛛の女王やアラクネについては、こういう特徴の魔物もいるよ程度しか載っていなかった。多分、こちらの世界でも滅多に見ない魔物だからなのだろう。
何かメモ書きがあったかなと、コツコツ作った資料を取り出してざっと眺めていく。
蜘蛛、蜘蛛ねえ……。
青紫色の海蜘蛛とか黄色っぽい砂漠蜘蛛なんてのもいたなあと確認しているが、この辺りでは見かけないだろう。
「ミーナ様、薬に悪魔蜘蛛の瞳を使いたいのですが……。あら、1枚落ちてますわよ」
リルファナとクレアが、いつの間にか部屋に入ってきていたようだ。
そういえば、悪魔蜘蛛の目玉が薬の材料になるってリルファナが言っていたっけ。
わたしのメモ書きを拾ったリルファナが、紙に視線を落とすと息を呑んだ。
いい歳して暗号ごっこやってるとか思われたかな? ちょっと恥ずかしい。
「お姉ちゃん、いつも内緒だって言って暗号で何か書いてるんだよ」
「『この青い空の下 迷いながら歩いていく 君の背を追ってし』……」
「ぎゃあぁぁ、やめてえぇぇ!」
どうせ日本語だから誰も読めないと思って、適当に思いついた未完成の詩を端の方にいくつか書いていたことを思い出した。
趣味でもないことをノリでやるもんじゃない……。
「え、リルファナちゃん読めるの? というか何書いてるのお姉ちゃん……」
「あら、久しぶりに見た文字だったのでつい口に出してしまいましたわ」
リルファナが微笑ましいものを見るような顔をして答えた。絶対わざとだ!
そして、日本語が読めるということはリルファナは転生者だったということだ。
知識といい強さといい、色々と納得がいった瞬間だった。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます。




