報告 - 森の状況
自宅に戻ると太陽が沈みはじめていた。
帰りの道中は森林熊を1度見かけたぐらいだ。やはりこちらに気付いても寄ってこなかったので無視した。
「まだべたべたする……」
「糸は熱に弱いみたいだからお湯で洗えば落ちるんじゃないかな」
「そうしてみる」
クレアがローブについたままの粘着糸を気にしている。
悪魔蜘蛛の粘着糸は、火で切ったことも影響しているのかもしれないが、しばらく経つと粘度がやや落ちて固着するようになっているようだった。多少はべたつきが残っているものの、押してみると固さのあるパキッとした感触がある。
「お義母様、焼肉のパン美味しかったですわ!」
「あら、そう! 出かけるならまた明日も作るわね!」
リルファナと母さんがお弁当について話していた。
確かに、あの焼肉パン美味しかったけど味が濃い目だし毎日だと飽きないかな……。
「お姉ちゃん、綺麗に落ちたよ!」
父さんたちが戻るのを待ちながらのんびりしていたら、クレアが洗ったローブを持って来た。お湯で手洗いしたらしく、残っていた粘着糸は綺麗に落ちていた。
明日までに乾くのかなと思っていたらクレアは生活魔法でさっさと乾かしたようだ。わたしはその魔法を知らないのだけれど、本に『乾燥』とかで載ってるのかな?
昼間の爆発といい、色々勉強してるんだなあと感心する。
「そういえばクレアはいつの間に爆発を使えるようになったの?」
「火球だと対象が必要で危ないっていうから、爆発なら川の中に小さく撃てば平気かと思って練習してたんだ」
「川に向かって撃つなら火球でも良くない?」
「あ!」
クレアも微妙に抜けてることあるよね。そこが可愛いんだけど。
尚、クレアはまだ下級の火球は使えないという。
セブクロで覚えるレベルの順に下級の火球、中級の爆発といった風に分かれているだけで、下級が使えなければ中級も使えないといった制限は一切無いようだ。
魔力制御の難易度は上がるはずなので、クレアは練習すればすぐに火球を使えるようになると思う。
「ただいま」
「ただいまー……」
父さんとレダさんが帰ってきた。
レダさんは村に出来た宿屋に泊まっているはずなんだけど、夕飯は家で食べることにしているのかな?
父さんは左腕を布できつく縛っているようで、右腕で抑えている。
「おかえりなさい、あなた。ってその顔どうしたの?」
母さんは、父さんの顔色が悪いことに気付いたようだった。
「お父さん、怪我してるの?」
「ああ、毒蜘蛛が大量に出た」
「え、治療しなきゃ!」
「解毒草で手当てしてあるけど、クレアちゃん診れるならお願いさね」
父さんが左腕に撒いていた布を外すと、腕には軽く潰した葉っぱが大量に巻きつけてあった。蜘蛛に噛まれたようで、転々と牙の跡があり、紫色に腫れ上がっている。
冷静な顔してるけど痛くないのかなと思っていたら、巻き付けた葉っぱに麻酔効果もあるらしく、あまり痛みはないと父さんが言っていた。
「解毒!」
クレアが解毒の魔法を行使すると、キラキラとした魔力が傷口付近に吸い込まれていく。見ていると腫れが徐々に引いていき、色も正常な肌色へと戻っていった。
「一応、回復も。癒し!」
更にクレアが癒しの魔法をかけると、少しだけ残っていた腫れと傷跡も綺麗に消えていく。
魔法って便利だね。
「魔力操作も早いし、なかなか良い腕さね」
「助かったぞ、クレア」
「えへへ」
レダさんと父さんに褒められて、クレアが照れている。
トントンと家の扉を叩く音がして、確認もしないまま扉を開けた。顔を出したのはレリオだった。
「シスターを連れてきたぞ」
「ごめんごめん。クレアちゃんが治しちゃった」
「ああ? おう……」
どうやら村の入り口で自警団のレリオにシスターを呼びに行ってもらっていたようだ。かなり急いでくれたらしく、ちょっとしょぼんとしていた。
「一応見ておくわね」
シスターの方は、特に気にした様子もなく、父さんのほとんど治っている左腕を確認する。
「大丈夫そうね。さすがクレアちゃんだわ」
いる意味も無くなったレリオとシスターはすぐに帰っていった。
「あのシスターも実力者ですわね」
とリルファナが小さく呟いていた。シスターについては特に聞いたこと無いけどな?
◇
「マルクの怪我も治ったし、ちょっと連絡してくるさね。あたしら2人と新人3人だけではちっとばかし荷が重い。すぐ戻るから夕飯はお願いさね」
「ええ、準備しておきますね」
母さんの返事を聞いたレダさんは、家を出ていった。父さんが言うには、宿屋の荷物に町と連絡が取れる道具があるらしい。電話とか伝書鳩みたいなものなのかな?
クレアは魔法詠唱で疲れたのか休憩。リルファナは隅にある加工台で朝方採った薬草を下処理している。
手持ち無沙汰になったわたしは、母さんの夕飯の準備を手伝っているとレダさんが帰ってきた。
「アルフォスたちが町にいたらしくてこっちに来てくれるってさ。もう1パーティもそろそろ帰ってくる頃なんだけど」
「お、そうか。とりあえず飯を食ってから報告を聞こう」
今日の醤油料理はフォーレン草のおひたし。
フォーレン草とはソルジュプランテ西部のフォーレン地方に生えていた草を食べたところ美味しかったというのが由来で、ほうれん草のことだ。発音もそのままである。
夕飯を食べ終えると今日の報告会となった。
父さんが怪我をして帰ってきたこともあり、普段は家事に戻ってしまうことが多い母さんも聞いている。
「南の森に入ってしばらく行ったところに、やたら規模のでかい蜘蛛の巣があってな。調べてたら毒蜘蛛に囲まれてた。元々、生息する魔物だが異常に多かったな。ただサイズは小さかったか」
「村まで引き連れてくるわけにもいかないし、適当に倒しながら半日近く逃げ続けるはめになったさね」
「噛まれたのがあと数匹のところで不幸中の幸いだった」
「必死で解毒草を探したあたしに感謝するんだね」
「ああ、助かった」
父さんたちはほとんど毒蜘蛛相手に戦ってたようだ。解毒の魔法はこの5人だとクレアしか使えないのか。
わたしもレベルさえ上がれば治癒系の魔法を使えるようになるはずなのだけど、まだ使える実感が湧かないからレベル不足だと思う。
「こっちはガルディアの町の東街道まで真っ直ぐ突っ切ってみたんだけど」
「途中では子連れの森林熊と殺人兎が数匹いたよ」
「その後、街道の石柱でお昼にしましたわ」
3人で顔を見合わせる。言わないわけにもいかないよね。
「そのまま休憩してたら、街道の北から悪魔蜘蛛が出てきたよ」
「ん? どんな魔物だっけか」
父さんは知らないようだ。
「悪魔蜘蛛? 大蜘蛛や毒蜘蛛じゃなくてかい?」
「うん。大きすぎて全部は持って来れなかったんだけど、これが前脚と牙、目玉も」
わたしが素材をマジックバッグから出すと、レダさんが目を見開いて固まった。
「この特徴的な瞳は確かに悪魔蜘蛛だ。これが……街道に? ええと、町の東街道さね?」
「ええ、3人でなんとか倒しましたけれど、まだいるとしたら危険過ぎますわ」
レダさんは、信じられないのか何度もわたしが取り出した目玉を確認していた。
この少し黄色い硬い瞳に特徴があるらしい、わたしにはよく分からないけど。
「これは……、ちょっとすぐ報告してくるよ!」
レダさんは真っ青な顔でガタッと立ち上がり、家を出て行った。先に言うべきだったね。
「あのレダの慌てようを見ると、また何か大物狩ってきたってことは分かった」
父さんはため息混じりで開き直ったように苦笑した。慣れたのかな?