ガルディアの町 - 講習会
スティーブたちに剣を教えることになったため冒険者ギルドにやってきた。
ネーヴァは訓練には興味がないようで、今日はラミィさんの店に行くと出かけて行った。
ラミィさんの店にも顔を出したいし、訓練後に迎えに行く約束をしている。
細々と作っていた短剣などを2階のお店に納入し、1階に戻る。
「あ! お姉ちゃん、先に行ってて! 後から行くね」
「ん? 分かった」
クレアは何か用事でも思い出したのか、そう言い残して急いでギルドから出ていった。
ガルディアの町ではクレアが1人で出かけることも多くなっているし大丈夫だろう。
「ところで……、訓練施設ってどこにあるんだろう?」
「そういえば行ったことがありませんでしたわね。どこでしょう」
「あそこの奥ですね」
マオさんが受付端にある狭い通路を指さす。
なんでガルディアでほとんど活動していないマオさんは知っているんだろう。
「あそこにマークがありますよ」
「なるほど、そういう意味だったんだ……」
通路手前の壁にかけられた絵が印になっていたらしい。
◇
通路の先にある扉を抜けると、建物の裏手にあたる中庭のような場所に出た。
端の方にはいくつか訓練用の人形が置いてある。
セブクロでは案山子と呼ばれているもので、スキルの連携技やダメージを確認するためのものだ。いくら攻撃しても破壊できないオブジェクトでもあった。
しかし、訓練場に置かれている案山子は剣や槍、短剣だと思われる切り傷や、魔法による攻撃などで焦げていたりとボロボロ。
さすがにこの世界の案山子が壊れないということはないのだろう。
「お、来てくれたんだな! 待ってたぜ」
「よろしくお願いします」
スティーブと、その仲間である短槍を持っていた少年がこちらに気付き、声をかけてきた。
「私たちも見学しててもいいかな?」
「別に構わないよ。楽しいかは分からないけど」
スティーブのパーティが揃っている。
その流れで名前を知らない3人から自己紹介された。
少年の名前はアレックス。短めのローブを羽織った少女がマケナ。
腰に短剣をつるして弓を背負っているのがエーフェ。
他にも、駆け出しっぽい冒険者が何人か剣や槍の練習をしていた。
こちらに興味がありそうなものの、何をするのか様子見をしているような感じだ。
「お、もう来てたさね」
レダさんが練習用である木製の剣と槍、短剣を抱えてやってきた。暇なのかな?
「……お願いした身だから顔を出したさね。あたしは必要がなければ見てるだけさね」
なるほど。……考えていたことがばれてる気がする。
「えーと、とりあえず模擬戦してみようか」
「お、おう。いきなりか?」
「今の実力か分からないと何を教えればいいのか分からないからね」
レダさんが持ってきた木剣を2つ拾い上げて、片方をスティーブに渡す。
少し間合いをとり、スティーブと向き合う。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
とりあえず構えの確認だ。
……。
隙だらけだね。
「ええと、スティーブはどこかで剣を習ったのかな?」
「冒険者になった兄貴から少し教えてもらっただけだ。兄貴も似たようなもんだと思うぜ」
スティーブの言う『兄貴』というのは、孤児院の年長者という意味だろう。
「その人と打ち合ったりは?」
「全然。魔物を倒すだけなら必要ないだろうと思ってたしな……」
「なるほど」
こちらの世界にいる魔物は、人型であるものが非常に少ない。
これはセブクロでも共通していて、ゴブリンやオークといったファンタジーゲームでは定番の魔物も、種族全てが敵対しているというわけではなかった。
国同士の戦争がなくなり、野外では人型の魔物と出会う機会が少ないこの国の冒険者たちはあまり対人戦闘に長けていないのかもしれない。
スティーブは仕掛け方が分からず、向き合ったまま、まごまごしているように見える。
打ち合った経験がなければ、そんなものだろう。わざと大きく隙を作って誘導すると、しっかり攻撃を入れてきた。
その後、何度か打ち合い、スティーブの実力を把握していく。
我流で力任せの攻撃ばかりだ。知恵のない弱い魔物相手ならこれでも十分だろうといったところ。
フェイントではあるものの、ちゃんと隙をついた攻撃をしようとするところから剣術スキルは獲得しているような気がする。
大体分かったところでスティーブの剣を打ち払い、バランスを崩したところで切っ先を向ける。
「まいった……」
そう言って息を整える。
「よし、次はアレックスだね。スティーブは休憩してていいよ」
「結構打ち合ってたのに、息切れすらしてないんだな……」
「お、おう!」
スティーブが下がり、打ち合いを見ていたアレックスが出てきた。
なんだか、ちょっと緊張したような顔である。
武器を木槍に持ち替えて腰の高さで構えると、アレックスは真っ直ぐ立ち槍を顔の高さで水平に構えた。
突きを受け流しやすい窓の構えというものだ。
聞くとアレックスは兵士の父親から槍の使い方を習っているとのことで、基本はできているみたい。
何度か打ち合っただけで、槍の構え方や足の運び方はしっかりしていることを確認できた。
「数回の打ち合いで手がびりびりするとは……」
「だよな……」
「親父は随分と手加減してくれていたんだなと分かったぜ」
多分、お父さんが手加減したんじゃなくて、わたしのSTRが高いせいだろうなあ……。
「基本はできてるから、アレックスはしばらく素振りかな。スティーブは構えと足運びから教えるね」
「分かった。頼む」
「素振りってのはどれぐらいすればいい?」
「んー、とりあえず疲れて槍が持ちあがらなくなるぐらい……?」
わたしも父さんから剣を教えて貰い始めた頃は、よく朝から日が落ちるまで剣を振っていた。
と、ミーナの昔の記憶を思い出す。
「ミーナ様……」
「意外と容赦ないですよね」
「……ミーナちゃんの力強さはそこで鍛えられたさね」
アレックスの表情が若干引いていたように見えた気がするが、気のせいということにしよう。
◇
「マケナ様、逆手のまま流れるように振っていきますの。短剣は初撃が大事ですわ」
「う、うん」
「エーフェはもっと周囲を広く見る」
「はい!」
リルファナとマオさんが、マケナとエーフェに短剣の扱いやちょっとした戦闘術を教えはじめていた。
見てるだけというのも暇だったのだろう。学習意欲が高いというレダさんの言い分も本当だったみたい。
わたしの方は、スティーブには剣の構え、足の運び方といった基本を教えていく。
剣術の基本はヨーロッパの古い剣術と通ずるものも多い。でも、獣だけでなく大型の魔物と戦うこともあるので違いもある。
その辺りのことについては、わたしの魔法戦士として持っている剣術スキルが勝手に知識として変換してくれるのだけどね。
「じゃあ、ちょっと休憩にしよう。水分もしっかりとっておいてね」
「お、おう」
キリの良いところでそう言うと、スティーブが疲れ切って力なく座り込んだ。
アレックスも素振りをやめて、水袋を荷物から2つ取り出すと、スティーブの近くに座り2人で水を飲み始めた。
わたしも水分補給をしつつ一息。さすがに付きっきりで教えてると疲れる。
「お姉ちゃん、もう終わっちゃった?」
「んー、とりあえず休憩だよ。これ以上はあまり教えることもないけど……」
用事が終わったらしいクレアの声に振り返る。
「なかなか面白そうなことをしてるな」
なぜか横にニヤニヤしている父さんもいた。
「さっきギルドに入ったときに、見えたから呼んできたんだよ!」
父さんが、町に来ていたタイミングだったらしい。
そのままギルドに戻ってきたものの、わたしから見えない位置から眺めていたようだ。
むむむ……、クレアも気付いたときに言ってくれれば良かったのに。
「まさか、ミーナが剣を教えているとは思わなかったけどな」
「教える気はなかったけど、レダさんに頼まれたんだよ」
「そうなのか?」
父さんがレダさんの方をちらりと見る。レダさんも肯定するように頷いた。
「なら間違いではないのかもしれないな」
と呟いた。
レダさんへの信頼感がすごい。
「ところで、この剣術は流派とかあるのか?」
息を整えたスティーブが聞いてくる。
「どうなんだろうね?」
「俺のアレンジも入ってるが、基本はソルジュプランテ王国流だぞ。最初に教えたのに覚えてなかったのか」
わたしは知らないので正直に答えると、父さんが補足した。
そうなんだ。
ちなみに、本来のミーナの記憶にないから、全く覚えてなかったみたいだよ。
「ええと?」
「私たちのお父さんだよ。お姉ちゃんに剣術を教えたのもお父さんだよ!」
クレアが、何故か横から返答されたことに戸惑うスティーブに教える。
「B級冒険者でもあるさね」
「元な。引退して10年以上、もうそこまでは技量はないぞ」
レダさんも情報を追加すると、父さんが謙虚に答える。
「え、すげえ!」
それでもスティーブたちから見れば、成功した先輩冒険者だ。キラキラした瞳で父さんを見ていた。
「父さん、暇なら父さんが剣を教えてくれても良いんだけど」
「いや、俺よりミーナの方が教え方が上手いから、どうだろうな」
「そんなことはないと思うんだけど……」
剣術どころか戦闘技術を人に教えたことなんてない。
「ミーナちゃんの解説は分かりやすかったさね」
「おう、分かりやすかったぞ!」
レダさんやスティーブたちまで頷く。
それを聞いていたようで、リルファナがわたしに耳打ちした。
「多分、指導か何かのスキルをミーナ様が獲得しているのかと……」
うーん……、指導系のスキルを獲得するための行動。
例えば、講義をしたりなんて心当たりがないんだけど。
「クレア様にスキルについてや、育成方法、果てはちょっとした科学まで色々なことを常に教えていますわ。料理などはわたくしもほぼ毎日習っていますし」
「な、なるほど……」
今回の一件で指導スキルを獲得する可能性があるとは思っていたものの、すでに獲得済みだった可能性があるようだ。
◇
「じゃあ、ここまで。後は基本の素振りをメインにしてがんばって」
「「「ありがとうございました!」」」
そろそろスティーブたちの体力が限界そうだったので、ここまでにすることにした。
お昼過ぎから午後1の鐘が鳴るぐらいまで。初めての訓練にしてはかなり頑張ったと思う。
「ありがとう。魔法って奥が深いんだね」
「うん! オススメの本も教えておくね。図書館の近くの本屋さんで買えるよ」
「今度行ってみるね!」
途中からクレアがマケナに魔法を教えていたが、ほぼ同じタイミングで終わったようだ。
「あ、あと筋肉痛は自然に治した方が筋力がつきやすいよ。依頼とか受けてるなら治癒魔法で万全の状態にした方が良いけどね」
「わ、分かった。すぐにやらないといけない依頼は受けてないし、何日かゆっくりするかな」
父さんはまだ町で用事があるといって、しばらくしてから訓練場を出ていってしまったのでいない。
そちらで一泊してくるとのことで、明日の朝レダさんの家に来ると言っていた。
「ラミィさんの店にネーヴァを迎えに行こうか」
「うん!」
ちなみにレダさんは、父さんが出ていった直後に来た受付の人に引きずられていった。
どうやら、父さんが仕事をさぼっていたレダさんの場所を教えたようである。