迷宮跡地 - 調査
戦闘が落ち着いたところで、レダさんとネーヴァが部屋へ入ってきた。
「終わったようさね」
「すまん。我の力を使われたようだ」
急に消えてしまった『古龍の加護』。
戦闘中、強引に訓練用の石像の生成に使われてしまったらしい。
「そうなんだ。なんとかなったし、別にいいけど」
「むしろ訓練としては最適だったような気もしますね」
マオさんの言う通り、なんだか強くなったような実感がある。
訓練施設というだけあって、経験値ボーナスとかもあるのかもしれない。
「クレアの姉ちゃんってすげえ強いんだな!」
「うん!」
スティーブたちもやってきた。
先ほどまでと違う尊敬するようなキラキラした瞳で見られると、ちょっと気恥ずかしい。クレアもそこまで力強く肯定しなくても……。
「ミーナちゃんたちは、とりあえず先を確認してくるといいさね」
この先に参加賞があるらしいことが分かっていることもあるのか、レダさんはわたしたちに調査を任せるつもりのようだ。
どちらにしろ、訓練がまだ終わっていなければスティーブたちでは手に負えない魔物がいるかもしれない。
レダさんたちは手前の通路に残り、わたしたち4人で先を確認することにした。
◇
開いた扉をくぐると、正面に大きな机のある小部屋になっていた。
左の部屋へとつながっている。扉などはなく部屋の中も多少見えているが、結構広い部屋のようだ。
「この箱が報酬でしょうか」
机の上にある大きな箱を見てマオさんが呟いた。
「罠などはありませんわね」
念のためリルファナが罠の有無を確認してから、宝箱を開く。
「反物。小さな金属の板が入っていますわ。それと布の小袋にはガラス……いえ、宝石のようですわね」
まずは綺麗に巻かれた状態の布が4反。色も柄もそれぞれ違う。
それと、わたしの手のひらサイズよりは一回りぐらい大きい金属板が入っていた。
何も装飾がない薄っぺらなだけの板だが、金属自体は珍しいもののような気がする。
最後に、リルファナは布の巾着袋から透き通った石がいくつか取り出した。
透明なものから色がついたものまで揃っている。
大きい箱の見た目にしては、中身は小物がほとんどだ。
「これって水晶かな? 綺麗だね、リルファナちゃん」
「後でちゃんと調べてみないと分かりませんが、……質はかなり良いものだと思いますわ」
クレアとリルファナは宝石を1つ1つ並べて確認している。
リルファナの見立てによると、わたしが魔法付与に使っていたような、辛うじて宝石と呼べるレベルの純度の低い石ではなく、ちゃんとした宝石とのことだ。
純度の高い宝石ならセブクロのときと同じ効果を付与できるかもしれない。
宝石は2人に任せ、わたしとマオさんは金属の板を1枚取る。
じっと見ていると何だか見覚えがある金属のような気がしてきた。
「冒険者ギルドのカードと同じ材質のようですね」
「あ、見覚えがあると思ったのはそのせいか。大きさも同じかな?」
マオさんの言葉に思い出し、冒険者カードを取り出して重ねてみると、全く同じ大きさのようだった。
「こちらの反物は、魔術が込められているようですわね」
込められている魔術の詳細は帰ってから確認することにして、リルファナが反物を鞄に放り込んだ。
「他に目ぼしいものもないし、先へ行こうか」
「うん!」
「そうですね」
左隣の部屋へ移動すると、入ってすぐ横にはカウンター。奥の方にはテーブルがいくつか並んでいる。
カウンターのすぐ向こう側にはこちら向きで椅子があり、冒険者ギルドなどの受付と同じような配置になっていた。
カウンターの上にはタワー型パソコンぐらいの大きさの直方体の機械が置いてあり、その機械の手前側には小さな四角い穴が開いている。
「何か書いてあるよ、お姉ちゃん」
「どれどれ」
『試験合格おめでとうございます。
未使用のカードを入れてください』
「きっと、さっきのカードですわね」
わたしが古代語で書かれた文字を読み上げると、リルファナがカードを四角い穴に入れようとした。
もちろん、さきほどの箱に入っていたまっさらなカードだ。
「動いているようですね」
入口部分にカードを当てるだけで、するすると箱の中に吸い込まれていき、ウインウインと小さな駆動音が聞こえる。
「出てきましたわ」
1分ほどで入れた場所からカードが戻ってきた。
リルファナが取る前にちらりと見えたが、カードに書き込みがされている。
「『軍事訓練・実践試験合格証』と書かれていますわね。階級が二等兵となっていますわ」
「ヴィルティア時代の兵士の階級がどのぐらいか分からないね」
現代の軍隊だけでなく、古代ローマですら軍隊の階級はかなり細かく分かれていたはずだがちゃんとは覚えていない。
そもそも、時代や国、所属によって大きく変わるので完璧に覚えていても全く同じではないと思うけどね。
尚、地球での二等兵は一番最初の階級であり新兵とほぼ同義であることが多い。試験合格で手に入ったということは、似たようなものだろう。
「どうやら、名前や性別も自動で記載されているようですが、どのように識別したのでしょうね?」
「魔力認証だと思いますわ!」
マオさんがリルファナのカードを見ながらあげた疑問に、リルファナが即答する。
ヴィルティリア時代の遺跡では魔力認証している機械や装置が多く残っているし、あながち間違えでもないだろう。
「それだと自分でこの機械にカードを入れないとダメかもしれないね。リルファナちゃんカード1枚ちょうだい」
「はいですわ」
まとめて預かっていたリルファナが、クレアにカードを渡す。
クレアが機械にカードを入れると、さきほどとは違う反応を見せた。
カードの投入口の下にパネルが表示され、『パネルに触れるか、名前を入力してください』と表示されたのだ。
「ここ?」
クレアに翻訳したところ、クレアは躊躇なく表示されたパネルに触れた。
『検索中……』
『登録済データベースを発見。書き込み中……』
と表示され、すぐに表示されていたパネルが消える。
検索したらクレアが登録済だったのは、チャット機能として使っている『情報交換ネットワーク』の装置を検索したのだと思う。
この装置とは龍脈を利用したオンラインでつながっていると考えられそうだ。
「あ、出てきたよ。お姉ちゃん」
クレアのカードを確認すると、ちゃんとクレアの名前も入っていて階級も二等兵となっていた。
その後、わたしとマオさんも同じように登録した。
わたしはリルファナと同じように何もせずに登録されたが、マオさんはクレアと同じようにパネルの確認が入った。
『情報交換ネットワーク』に登録するときはマオさんも自動登録されたので、あちらとはチェック方法が少し違うようだね。
「ここで使っていた書類がありましたわ」
カウンターの中を調べていたリルファナが冊子を見つけて持ってくる。
冊子の内容は、この施設の職員が使うマニュアルのようなものだった。
まずはカードの登録方法。これは適当に操作していたら終わってしまったので不要だね。ざっと読み飛ばす。
次にさっきの箱に入っていた布の案内だ。
モルーカンシルクという布で、衝撃吸収といった複数の魔法付与の処理をされているらしい。
この布で防具の下に着るための服を作ったり、ローブにすることを推奨していた。
「モルーカンシルクでしたの? 色や柄が付いているから分かりませんでしたわ」
リルファナが教えてくれたが、この布はモルーカンという木から取れる繊維を加工して作っているそうだ。
セブクロでは最上級職に到達したぐらい、80レベル帯辺りの防具にも使われている素材だとのことだ。
「それ以外の褒賞が難易度に応じてランダムで貰えるみたい。わたしたちだと宝石のことかな」
「なるほど。これで何かアクセサリーを作るという手もありそうですね」
もちろん、マオさんの言うアクセサリーはただ綺麗なだけの装飾品ではない。
ステータスなどを上昇させるための装備品のことだ。
「うーん、わたしの鍛冶スキルだとあの宝石を上手く扱えるか微妙なんだよね」
鍛冶スキルを持っていれば、低ランクのアクセサリーならば作製可能だ。
質の良い素材だろうと無理矢理加工してしまうことはできるけど、出来上がった装備品の性能は鍛冶スキルにあわせた低ランク品となってしまう。上質の宝石を使ってしまうのは、もったいないだろう。
ちなみにアクセサリーを製作できるメインスキルは、セブクロでは彫金スキルだった。
「宝石なら魔法付与に使えるかもとも思ったんだけどね」
「たしかに、上手く使えば火力や耐性がかなり上がりますね」
「武器はともかく、今は良い防具がないんだよね」
上質の宝石で魔法付与するなら、そもそも装備の方もすぐに買いかえないようなものに使いたい。
少なくとも低品質しか見当たらない市販品に使うのはやめるべきだろう。
低品質なアクセサリーでも、何も身に着けないよりはステータス補正がかかるし、一長一短といった感じだ。
「とりあえずギルドで宝石の種類を確認してもらってから使い道を考えようか」
「そうですわね」
ゲーム内で手に入る宝石が手に入らなかったり、あまり装備を買い替えることもなかったりで忘れがちだけど、魔法付与スキル自体は低品質の宝石を使ってちまちま研究していたりする。
「あと、ゲートが破損しているため、南のゲートが最寄りとなることを伝えるようにって書き足されてるね。勘違いして遠回りしてくる人が多いとか」
「馬車のような送迎が出ていたようなので、徒歩で数分という距離ではなさそうです。詳細も書いてあったようですが、読めませんね……」
カウンターと反対側の壁にある貼り紙にも掲載されているようでマオさんが確認している。
貼り紙は触れたら砕けてしまいそうなほど、くすんでボロボロになっているし、ほとんど読めなかった。
ここから南というと、フェルド村の近くだったりするのだろうか。
はるか昔のゲートなので、今も残っていて稼働するのか分からないけれど。
「こちらの部屋は崩れてしまっていますわ」
方向的には、こちらに向かうのだろうという通路を覗いていたリルファナが戻ってきた。
天井か壁か、上の方から崩壊していて完全に土砂で埋まっている。
「こっちも何もなさそうだね、お姉ちゃん」
「水のせいでダメになっていますね」
カウンターの向こう側、その先にはこの施設の職員が使っていたのであろう部屋があったが目ぼしいものは特になかった。
部屋には水気を含んで固まってしまっている書類や錆びついて壊れてしまっていて動かない機械がちらほらと残されている。
部屋の奥の壁から水が漏れていて、そのまま端の方に溜まった状態になっていた。
水のしたたる壁と水たまりの周辺には光苔が生繁って、この辺りだけ強く照らされている。
水たまりがそれ以上広がる様子はないようなので床下へ抜けていっているのだろうけど、この部屋のものは湿気でダメになってしまったようだ。
「今すぐではないですが、こちらの部屋もそのうち崩れそうな感じがしますわ」
「あっちの部屋を掘り起こしてみますか? 少なくともゲートがあった部屋などはまだあるはずなんですよね」
「うーん……、とりあえずレダさんのところへ戻ろうか」
ついでという形で調査をしているけど、わたしたちが受けた依頼は物資の運搬だけなんだよね。
本来はスティーブたちの仕事でもあるし、これ以上の危険がなさそうなら無理に進む必要もないだろう。
◇
『金庫とのリンクを確立……』
『金庫容量が空となっています。報酬補充ができません』
『このまま設定しますか?』
「うーん……、難易度の設定はできますけど、報酬は補充できないみたいですね」
レダさんのところへ戻って報告したあと、まだ戦闘シミュレータを使うことができるのかを確認することになった。
戦闘前に再設定できなかった難易度は変更できたのだが、扉の先にあった報酬の補充ができないようだ。
「仕方ないさね。ギルドの戦闘訓練にでも使えるか検討してみるかねえ」
シミュレータを動かすための魔力や、そもそもこの装置を動かせる人材がいないなどの問題もあるんだよね。
この装置では管理者の登録といった設定がないので、それらの登録できるような装置があの崩れた先にあったのだと思う。
「どっちみち調査する必要はあるし、掘り返してみるさね」
「なら、このまま設定しないでおきますね」
「それでお願いするさね」
戦闘シミュレータのクリア後は、この装置で再設定しなければ扉は開いたままのようだ。
調査するというなら、このまま放置しておこう。
「ミーナちゃんたちは、そろそろ村に帰るようさね?」
「そうですね。まだ数日なら余裕がありますが」
「それなら、ここまででいいさね。あまりミーナちゃんたちに頼りすぎるのも問題になるさね」
わたしたち以外の冒険者も育てないと、今後を考えればギルドや町の死活問題につながる。
「レダさんはどうするんですか?」
「いくつか確認したり、この後の調査の準備もあるから一緒に町に戻るさね。ミーナちゃんたちだけじゃ商人ギルドの方は行きにくいだろう?」
「そうですね」
冒険者ギルドや商人ギルドで、遺跡で発行されたさきほどのカードがどう反応するか確認することになっている。
「クレアもまたな」
「うん!」
「クレアの姉ちゃんも頼むぜ!」
遺跡外のキャンプの護衛として残るスティーブたちと別れ、ガルディアの町へと出発する。もちろんネーヴァも一緒だ。
キャンプで休憩しているときにスティーブたちに頼まれたのだが、どうやら武器の扱いを教えて欲しいらしい。わたしたちの戦闘を見て感じ入るものがあったようだ。
「んー、タイミングがあえばね」
やたら熱心に頼まれるので断りづらくなってしまったのだが、わたしは教育や指導といったスキルなんてもってないし、基本的な型ぐらいしか教えられないと思うんだけどね。
「むしろ、師範スキル辺りを獲得できるかもしれませんわ」
「ミーナさんならありそうですね」
さすがに簡単なことを何度か教えたぐらいで獲得できるなんてことはないんじゃないかな。