クレアの誕生日
遺跡調査から2ヶ月経った。
アルフォスさんたちと父さんは数日かけて教会の周辺を探索し、南の森の中央辺りでないかと目星をつけた。
その後、確認のため教会から北上したところ、村の近くに出てきたそうだ。
アルフォスさんたちは村長に報告した後、冒険者ギルドにも結果を報告するために町へ帰っていった。町に帰る前日にはお酒解禁になり家で馬鹿騒ぎしていた。
ミレルさんはお酒に弱いのに、酔っ払ったアルフォスさんに付き合わされた結果、すぐに潰れてほとんど机につっぷして寝ていた。ジーナさんは黙々とずっと飲み続けていたところを見ると、ザルかもしれない。
家の料理酒以外の酒が無くなったようだが、父さんしか飲まないので被害は少ない。父さんは次の日ちょっと落ち込んでいた。
ダンジョンが残れば村に冒険者がたくさんやってきて新しい産業が増えたかもしれないと残念がっていた。ダンジョンも産業に入るのか。
村の酒場も完成した。
ここ10年でフェルド村の収穫量が大きく増え、商人さんたちから休める場所が欲しいと要望があったそうだ。
部屋数はあまり多くはないが宿泊も可能になっていた。混みあうと予想されるのは行商の時期だけなので、村人が仕事の間に交代で運営する方針らしい。
父さんが家族にも言わずに村長さんと企んでいたのはこのことらしい。冒険者ギルドの支店も誘致したいと色々やっていたのだけど、町から近すぎたこともあり最終的には無理だったそうだ。
あのダンジョンが残れば認められたかもしれないね。
秋野菜の収穫も始まっている。
今年の秋に家で主に作っているのはルチェポテトとナス、コメだ。ルチェポテトはわたしが知っている野菜で言えばさつまいもだった。この世界では一年中栽培されるコメとポテトもある。ミーナの記憶でもこの時期は芋料理が食卓に並ぶことが多い。
この村一帯は土の魔力が強いそうで野菜や木が育つのが非常、いや異常とも言えるほどに早い。
普通の土地と比べて半分ぐらいの時間で育つので食料に困ることもないレベルだ。
村の収入も野菜が担っている。農業で土地が痩せないかと思ったけど、野菜の育ちが悪くなってきたら次の季節分だけ休ませるか、種まきの量を2季節ほど減らすだけで良いそうだ。その次の季節にはなんの問題も無く野菜が育つ。
この世界では、その土地の魔力と上手く付き合うことが生活で大事なことなのだろう。
そうそう、野菜やフルーツの名前だが『セブクロ』の世界で実装されていたものは日本語のままで通じている気がする。
キャレアやピーノは食材としては存在していなかったはずだ。
調味料はほとんど存在していたから独特な名前がついていないのではないだろうか。逆に木材はゲーム内でも固有のものばかりだったはずだ。
『セブクロ』にも鍛冶や調理など様々な生産スキルがあり、自由に上げることが出来た。
生産スキルのレベルを100まで上げると、それ以降は専門職という扱いになり、いくつかの条件を満たさないと上げられなくなる。
専門職にするために他の特定の生産スキルが専門職でないことという条件が入っていることも多く、これらのシステムは複雑過ぎて完全に理解している人はいなかったと思う。
このスキルとこのスキルは両立するといった情報はそれなりに出回っていたけれどね。
わたしは調理と魔法付与スキルをメインで上げていて、木工スキルは持っていなかったので木材には詳しくない。装備の修理が出来る鍛冶や革細工のスキルはほとんどの人が上げていた。もちろん、わたしも例外ではない。
剣の稽古をしていて気付いたのだけど、ダンジョンの探索以来、疲れにくくなった気がする。魔力も操作しやすくなった。大っぴらに練習できないので、回復魔法や強化魔法ぐらいだけど、ちゃんと使えることを確認した。
光の女神、テレネータ様のところで飲んだお茶の効果なのでないかと睨んでいる。スタミナが増えるとか、基礎ステータスが上がったのかもしれないかな?
そして、そろそろクレアの誕生日だ。
いつもは父さんと母さんがご馳走を作るぐらいだけど、折角なので何かプレゼントを考えても良いかもしれないね。
クレアの欲しいものってなんだろう?
そんなわけで、クレアの欲しがりそうなものを見つけるために、クレアに1日張り付いてみようと思う。
「お姉ちゃん、またろくでもないこと考えてる?」
朝からクレアをずっと見てたせいか朝食時にはばれた。張り付くのはダメだ!
……見てるだけでろくでもないこと考えてるような姉だと思われてるのだろうか。お姉ちゃん泣くよ?
収穫期の午前中は、わたしもクレアも父さんの手伝いとなる。
芋の収穫は掘り起こす必要があるので結構忙しい。そろそろ野菜を仕入れに商人さんも来ると父さんに聞いた。商人さんは町から売り物を持って来るのでプレゼントになりそうなアクセサリーとか売ってるか見てみようかな?
◇
年4回、商人さんたちが野菜を仕入れに来ると、村の中心に市が立つ。
商品は服などの町から仕入れた生活雑貨や塩以外の調味料がほとんどだが、アクセサリーや木製のおもちゃなどを扱う商人さんもいる。教会で聞いたとおり本は無いんだよね。値段が高くて重いからなのかな。
「そういえば、市ってほとんど来たことないかも」
「お姉ちゃん、剣の稽古か昼寝以外に興味無さそうだったもんね。珍しいよね」
わたしはクレアと一緒に市にいた。本当は1人で見に来る予定だったんだけど、クレアも行きたいというので一緒に来ることになってしまったのだ。こっそり来てプレゼントにするものがあるか確認したかったんだけどな。
まあ、これはこれでクレアが興味を持つものが見つかるかな?
お金は市に行くと言ったら父さんが小遣いをくれた。
わたしは滅多に来ない市なので何か欲しいものがあるかもと、廃墟で見つけた金貨を換金したら返すという形にして、多めに父さんに借りることにした。
いずれは町にも行きたいね。
フェルド村の野菜は、味も質も良く売れやすい。町から近い割に利益が大きいと、多くの商人さんたちがやってくる。そうなれば持ち込まれる商品も多くなるわけで、露店も多く立ち並ぶことになる。
やはり服、布、調味料、電池の魔石の露店が多いかな?
調味料で面白いものがあれば買って何か料理を作るのもありかな。スパイス類は長期間保存出来るものが多いので、次の季節まで持つように露店で買っておく家が多い。露店でも大量に取り扱っている。
どうしても足らなくなったら村の雑貨店でも扱っているから困ることは無いけどね。
カレーは大雑把な分量でも作れるからいいけど、お菓子類は何回か作ってみないと難しそうだ。でも、練習しているとサプライズにならないよね。
「あ、お姉ちゃん、アクセサリーもあるよ。綺麗だね」
アクセサリーの露店も見つかった。
クレアが熱心に見ている、年頃の女の子だから当たり前かもしれない。プレゼントにはやっぱりアクセサリーが一番かな?
もちろん、わたしも興味が全く無いわけではないよ。
売っているのはシンプルな髪留めが多くて、イミテーションでもたくさんのデザインがある日本の生活と比べるとちゃちに見えてしまうんだよね。シンプルなものが多いのは仕事の時でも使えるし、目立つからかな。
商品は町で売れないものを買ってきたのか、村でも買いやすいようにという配慮なのか安物が多かった。少し歪んでいたり、欠けていたりと歪な細工物が多い気がする。よく見なければ分からない程度だけど、工業製品を見慣れたわたしはなんとなく気になってしまう。
他にはペンダントや指輪も少し置いてあるようだ。
この世界では、結婚する時にアクセサリーを送ることがあるようで夫婦でお揃いのアクセサリーをつけている人もいる。お互いにつけやすい指輪や腕輪が多い。
昔は貴族の風習だったが、徐々に商人や平民にも浸透していったらしい。町でなく村人がアクセサリーを贈るのは珍しいみたいだけど、フェルド村は収入が安定していることや、町が近いせいか影響を受けやすいのかもしれない。
もしかしたら最初に商魂たくましい商人さんが持ち込んだせいとかもあるかもね。
端の方に小さなクズ宝石も取り扱っていた。アクセサリーなどに使うにも微妙なサイズだが、娯楽の少ない村なら売れるかもと二束三文で売っているようだ。
金属板を取り扱う店もあったから彫金で何か作るのもありかな?
彫金スキルはアクセサリーを作るのがメインのスキルだったのだけど、彫金スキルは魔法付与や鍛冶などで扱う素材を生産出来るため、上げていた時期がある。自分で使うだけでなく、中間素材の生産は需要が多いので安定して稼ぐことも出来るのだ。
簡単なものなら自力で作れそうな気もする。この世界では出来そうと思うことはスキルの影響なのか出来ることが多いのでやってみようと決めた。
クレアと露店を回り、わたしはお菓子作りに使えそうな調味料やスパイス、小さな金属板とクズ宝石などを購入した。
わたしが変なものばかり買っているので、また何かやらかすのかというクレアの視線を感じたけど。
クレアもわたしと同じようにお小遣いを貰っていたけど普段使うための紙やペンを少し買っただけだった。実は市で商人さんから直接買うと、村の雑貨屋より少しだけ安くすむんだよね。
クレアはアルフォスさんたちとの探索を遠慮してしまったので、持ってるお金も大金貨1枚分だし節約したいのかもしれない。
何か買ってあげるのも良かったかな?
◇
「誕生日おめでとう、クレア」
――クレアの誕生日。
誕生日ではパンケーキが恒例になっている我が家だけど、今年はパンケーキの上にホイップクリームを乗せてみた。
牛乳とバターで生クリームを作り、砂糖を入れて泡立てただけである。何度か試してみるつもりだったのに、調理スキルの影響なのか一発で作れてしまってびっくりした。味も悪くない。
母さんはこんなものも作れるのねえぐらいの反応だった。あまり気にしてないみたい。父さんが冒険者だったから、結婚後の生活で新しい物に触れることに慣れてしまっているような気がする。
彫金スキルで作った髪飾りもプレゼントする。
全体は葉っぱの形状にして、クレアの髪にも合いそうな紺色の宝石を正八面体であるポイントカットにして入れた髪飾りだ。
普段使いしにくくならないように、彫刻もサイズも豪華になりすぎない程度にした。
市でついでに買った色紙と細いリボンで簡単なラッピングをした箱に入れて渡した。
「お姉ちゃん、開けて良い?」
「もちろん」
しっかり包装すること自体が珍しいのだろう。クレアは包装紙を破かないように慎重に開けていく。
実は付与魔術の練習がてらちょっとだけ防御力を上げてある。気持ち程度だからばれても変なことにはなるまい。
魔法付与を行うには媒体が必要になるが、低ランクの付与なら宝石が媒体として使える。
高ランクの付与や1つのアイテムに複数の効果を付与したい場合は媒体用のアイテムが必要となるので、現状だとわたしには作ることができない。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
クレアは取り出した髪飾りを見て、満面の笑みだ。
普段髪をまとめている紐を外して、早速つけようとする。折角のプレゼントなんだから雑にするなと母さんがクレアにつけてあげていた。明るい銅色の葉に紺色の石がクレアの赤い髪に思った以上に似合った。
どこで作り方を覚えたんだと父さんが驚いていた。
クレアは髪飾りを撫でて、えへへと嬉しそうに笑っている。
――うん、やっぱりわたしの妹は可愛い。異論は認めない!