第十ニ話 通信
第12話 通信
アトランティス計画が行われた当時、強大なテレパスがアステカに降臨し、研究対象を操る形で全て実行していた。アステカの人々は月面世界から教示される先進的な技術に心酔し、彼を神と崇めるようになった。
テレパスにとって、人間たちを水中へ誘導することなどいとも容易いことであった。広大な海に沈んだ土地を利用し適度な技術を提供しつつ、人体がどこまで進化適応することができるか観察する。それが、この研究の目的だった。
だがしかし、精神投射の副作用の魔の手がかかったのは彼も例外ではなかった。
精神を病んでアステカの人々を惨殺してしまった彼は任務放棄して逃亡してしまった。
テレパスに精神投射していた技術者がいればまた古代技術は復活するだろうが、彼は処刑され、計画は揉み消されたのだった。
考古学省の研究者は揃いも揃って狭いラボに監禁され、古代のデバイスを起動するためのデータを資料から集める任務についていた。
「何だよどの遺伝子も壊れているじゃないか。E.B.E.R.Oの奴らの管理体制はどんだけ杜撰なんだ。」
所属2年目のペレヨンがモニターを前に毒づいた。
これでは誰もラボから出してもらえない。
ペレヨンは軽く絶望していた。
明後日は息子との久しぶりの面会の日だというのに。
アーピスの野郎、同じ研究者のくせに、私たちをこき使って。まるで大帝の側近じゃないか。
「まぁ仕方ないわよね。あの環境じゃ、どんなに丁寧に管理しても量子線を防ぎようがないもの。」シャルべルが慎重にピンク色の保存液を試験カプセルに注ぎながら答えた。
EBEROの建造物には月面のスパイが入れないような仕組みがあるらしく、テレポートできる概念妖怪でさえ潜入不可能だった。それでも、外から見る限りまともなバリアは存在しなかった。
いつか原理を教えて貰いたいものね。
騎士カルテスは三日三晩、練岩の牢で鎖に繋がれ、何も与えられずに拷問される日々が続いていた。
彼の脳内は限界に達し、思い出すのはかつての楽しかった日々のみだった。
鉱石を探しに山へ2人で登った事。
食糧庫からお菓子をつまみ食いした事。
地球へ行ってしまうのが寂しくて、泣いてしまった事。
再会した時には別人のようで、それはそれで勇ましく、ついて行こうと思えた。
彼女は多分、地球に想い人ができたんだろう。
時折淋しそうに空を見つめて……
俺は、私は、それを知った上で、彼女を護ると決めたのだ。それなのに。
俺はこんな場所で何をやってるんだろう。
彼のいる月面から真っ直ぐ垂直に線を引いた着地点に、物々しい電波塔が出来上がっていた。
黒澤グループの高層ビルは、中身が空洞のハリボテであり、本当の目的は中心を走る電波塔から、1人の脳と世界中の思考を繋げることだった。
遂に完成した。遂に彼女の願いが叶う。
「夏菜子」
黒澤夏菜子は、30年連れ添った夫に微笑み掛けると、左手を挙げた。
「夏菜子?」
将吾の手首が縛られ、口を塞がれる。
どういうことだ、そう思う前に、彼の心が答えを弾き出していた。あれはやはり夏菜子ではない。
ずっと分かっていた。それでも、信じたかった。
「ヒマリ、こっちよ」
朦朧とした意識の中で、手を引かれた幼いヒマリが困ったようにこちらを見つめている。
お父さん、助けて。
ヒマリは夢を見ていた。花畑で母と手を繋いで歩いている。「あ、滑り台!のってもいーい?」
「良いわよ。」母の笑顔が優しい。いつぶりだろう。
母が手を繋いでヒマリを操って器械の座面に乗せる。
この黒澤夏菜子は同調の妖怪であった。本体の名をケリニスといい、アーピスの姪であり研究職にも就いていた。
アーピスはメイヴェンの研究を密かに発展させ、人間に直接精神を投射する技術を開発していた。
彼女はその第一号としてある大和撫子に取り憑いていたが、その状態で婚約したため、本体と分離したまま、地球上で完全な自律行動が出来るようになっていたのだ。
そして、その状態で身籠ったヒマリは月面人のエネルギーを兼ね備えた良い媒体になるはずだ。
彼女は最初からヒマリを利用するつもりだった。波長を同期させる電波塔を作り、叔父の研究する幼いテレパスを使って世界を支配しようと。研究所からやっと成功したとの報告があったのは昨日の事だった。
月面では幼い子供が拘束具に縛られ、連れてこられた。解かれたと思えばすぐ機械に縛られる。
「始まりだ。」
一直線の光が伸びて、人々は不思議がる。
その光が、自分たちの自由意志の終わりを意味するとは知らずに。
「始めなさい。」テレパスが目を閉じる。一直線に投射された精神は、青く光ってヒマリの脳を直撃する。体が光に包まれた気がして、ヒマリは空を仰ぐ。その眼は真っ白く濁って何も映さなかった。
巨大な電波塔に伝わったエネルギーは放散し、反射し、急速に広がっていった。まるで大量のBB弾が地球に流し込まれたように、見えない光は直撃した人間の脳に感電した。
自動車は横転し、各地で火災が起こる。水道水が溢れてドアから流れ出る。
あと数分で全世界に広まるだろう。
私も、逃れられない。
全ては理想のために。
突然、幼子が苦しみ出した。
「なんだ。モニターを出せ。」
「もう少しなんだ。耐えてくれ。」
子供は、すん、と暴れるのをやめると、閉じていた眼を開いた。
その眼は白く濁っていた。
「低級どもが何様だ。私の能力を複製したつもりか?」
幼子はさらに毒付いた。
「その程度で惑星の思考を乗っ取るつもりか。所詮は愚かなイカレ頭、やることも愚鈍で敵わんな。」
子供は、ガクガクと体を揺らして高笑いを始めた。
あの、伝説のテレパスか。まだ地球に潜伏しているのか。まて、切るんじゃない!彼の縄張りが割れる。「そいつを、探し出せ‼︎」大帝は叫んだ。
子供はしばらく狂ったように笑っていたが、苦しそうに喘ぎ始め、見かねた研究員はレバーを叩き切った。月側から接続が切れ、電波塔は突然、電気的静寂に包まれた。
失敗か?
黒澤夏菜子は、動揺を隠せなかった。人生をかけて、ここまで準備したのに。月面は一体何をやっているんだ。
カチリ。手首に冷たい硬質な物が触れる。
ハッと振り返ると、
スーツの人間が複数侵入して来ていた。
「黒澤夏菜子さんですね。」
「あなたを電波法違反、建築基準法違反、電気通信事業法違反及び監禁罪の疑いで逮捕します。」
つづく




