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翌日から僕は、なるべくそのことの意味を考えないようにした。なんで学校に行かないといけないのか。なんで勉強しないといけないのか。なんで最速で散歩するのか。でも、一条寺あやめ先輩のあのいい匂いについては、ちょっと考えてしまうけど。
あれから放課後、一条寺あやめ先輩と落ち合い、そこから最速散歩部がはじまる。まだ一条寺あやめ先輩の横を並んで歩くことはできないのだけど、あの背中に手が届く距離を歩くことはできるようになってきた。
「うん、なかなかいい感じに足が運べてるじゃないか。肩の力も抜けてていいぞ」
「え、そうですか」
「ああ、その調子だ」
「はい」
たいがい、あのたいやき屋の前で一条寺あやめ先輩は立ちどまる。そして休憩になる。
「たい焼き、お好きですよね」
「普通だが」
「え、でも、毎回ここで」
「いや、キミが好きなのかと思ってな」
「いえ、その、あのとき止まるように言ったのは、そういう意味では…」
「そうなのか。まあ、いいじゃあないか。おいしいのだし」
「そうですね」
深く考えないようにする。でも、一条寺あやめ先輩が気をつかってくれていたことがわかって、うれしく思った。
その日を境に、一条寺あやめ先輩はいたるところで立ちどまるようになった。新しいパン屋ができたと言ってはそのお店の前で急に足を止め、ドーナツ屋さんの新商品がおいしそうだと言ってはそのポスターにくぎ付けになる。道ばたに小さくてかわいい花を見つければ後ろを歩く僕のことなんて考えもせずいきなりしゃがみ込むこともあってたいへんあぶない。でも、少し期待もしてしまう。一条寺あやめ先輩が急に立ちどまるその何回かに一回は、あのときみたいに僕は一条寺あやめ先輩の背中に顔を埋めることになる。そして、やっぱり一条寺あやめ先輩からはいい匂いが立ち込める。そして、そんなことがあった日の夜、僕は決まって一条寺あやめ先輩の匂いについて、あれこれ思いをめぐらせてしまうのだ。




