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月明かりが白い蝶のかたち。硬質な壁の手ざわりは、あの美しさからはほど遠い。ちょっと夜の散歩、と家族には告げている。実際は近くのコンビニまでのなんとなくの偵察行動。一日にして劇的に何かが変わってるなんてことあるはずない。そうとはわかっている。それでも足は向いてしまう。きっと安心を得たいんだ。異常がないことの。なんの異常?自分でもわからないけれど。
わからなくていいんじゃない。と、もうひとりの僕。
でも、それだと… 僕の戸惑い。
それだと、なんだっていうんだい? もうひとりの僕が問いかける。
… 何も答えられない僕。
あのあと、たいやきを口に運びつつ、一条寺あやめ先輩は言った。
「意味を考えてはいけないよ」
「意味… ですか」
つまり、こういうことらしい。速度を上げて散歩をすることに、それほど大きな意味なんてない。すばやく散歩を終え、できた余白の時間で買ったけど読めてなかった本を読んでみたり、テストの見直しをしてみたり、歌詞の解釈についてを深掘りして考えてみたり、そういうことのためにするのではない。じゃあなんのために?そこにいきつく。そのとき、意味を考えてはいけない、とそういうことらしい。タッタッタッではないことに意味はない。シュタッシュタッシュタッであることにも意味はない。どこにも属さない空白の時間ができることにもやっぱり意味はない。意味はないけれど、しかし、我々はそれをするのだ、と。
「意味なんてもの、見つからなくて当然だ。意味を見出そうとすること自体、意味がない」
「それで、いいんですか?」
「いいかい、仕事なら、お金のため、と割り切りもできるだろう。なんせ仕事なんだからな。しかし、そうじゃない。そうじゃないからこそ、おもしろく感じられなくなった瞬間、じゃあ、なんで自分はこんなことしてるんだ?という空虚な問いだけが、雨音みたいに頭のなかに響いてしまうことになる。いまのキミは、その入り口に立っている。そうだろ?」
「まあ… そう、ですね」
「そうやって、キミはいま、立ちどまってる。違うかな?」
「…違くないと思います」
「いけないよ、いけないよ。それじゃあ何もはじまらんじゃないか。そうやってだ、意味を考えるから人は立ちどまってしまうんだよ。立ちどまって、考えて、それで何かが生まれればいい。しかしな、往々にしてそうはならない。立ちどまって、考えて、それだけだ。なら考えることに意味はない。さっと過ぎ去ってしまったほうがいい。シュタッ、とすばやく行ってしまうんだよ、やってしまうんだよ。意味なんて考えないで」
コンビニからの帰り道、街灯に照らされた黒い自分の影が、やけに長くのびる夜半すぎ。歩くたび、コンクリを叩くカチッと高い音は足元から。挟まった石ころは、いつ、どうやって。考えてもわからないことは、あれこれ考えない。そのままでも問題はないのだから。
あれこれ意味は考えない、っか。
そうだな、つまらないことひたすら考えててもしかたない。考えなくてもいいことは、考えなくてもいいことだ。でもその夜、僕は寝る前に、一条寺あやめ先輩のいい匂いについて、ああでもないこうでもないとつまらない思いをめぐらせてしまった。




