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叛逆のレギオン  作者: 02
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第1話 復活

 


「……ふむ。成功か。」


 男はゆっくりと目を開いた。

 木々のざわめき、湿った土の匂い、鳥の声。そこに広がっていたのは、見知らぬ森だった。


「場所も時代も分からぬ、か」


 口に出してみても、返るのは風に揺れる葉擦れの音だけだ。

 その静けさは不気味でありながらも、久しく忘れていた現世の感触を思い出させ、奇妙な安堵すら覚えさせた。


 まずは現状の確認。

 己の身体に視線を落とす。


「肉体は……かなり若いな。二十歳か、いや、十七、十八といったところか」


 白く細い腕。筋肉は薄く、皮膚は柔らかい。かつての漆黒の鎧に包まれた肉体とは比べるべくもない。


 身にまとっているのは粗末な布服に黒いマント――まるで旅人のような地味な格好だ。


「……生成されただけでも良しとするか。それよりも――」


 軽く身体を動かす。肩を回し、足を踏み出す。

 だが、すぐに違和感に気付いた。


「若返ってはいるが……身体能力はかなり落ちているな。この年齢の平均よりも下か?」


 かつて人類の頂点に立ち、神敵すら屠った己と比べるのも愚かだろうが、それでも落差に苛立ちが滲む。


「身体がこれということは……」


 右手を掲げ、低く呪文を紡ぐ。


「我が言葉に応じて甦れ――エンシェント・ダークドラゴンよ」


 沈黙。

 森の空気は揺れず、土も木々も反応を見せない。


「……やはり、ストックは消えたか。魔力だけはそこそこ残っているようだが」


 深い溜息をつく。

 無限に続く戦いを望んだわけではない。だが、己が誇りでもあった「力」が、これほどまで削がれていることに小さな喪失感が胸をかすめた。


 それでも今は受け入れるしかない。


 ――


 森を歩き始めると、やがて一本の大木の根元に横たわる人影が目に入った。


「……死体か」


 近寄ると、まだ若い少年だった。年は今の自分と同じか、やや下。

 粗末な革鎧に短剣一本。腹部は深々と裂け、血はすでに黒く乾いている。死後一日は経っているだろう。


「新人冒険者……か」


 しばし黙って見下ろした。

 自分もまた敗れ、死に、そして甦った身。

 この少年にはそれが叶わなかった。


「……見ず知らずの少年よ。貴様の荷物、貰い受けるぞ」


 それ以上の感傷を抱かぬのが魔王の性分だった。

 少年の腰からナイフを一本、そして小さな布袋を取り上げる。袋の中で硬貨が数枚、寂しく触れ合う。


「見たことのない貨幣だな。……ふむ。やはり人のいる場所を探すべきか」


 歩みを再開しようとした、その時。


 ――ガサリ。


 茂みが揺れた。

 耳が捉えた小さな物音に、思わず視線を向ける。


「……魔物か」


 次の瞬間、緑色の小鬼――ゴブリンが飛び出してきた。

 血走った目をぎょろつかせ、粗末な木の棍棒を振りかざしている。


「さて……今の俺で倒せるか?」


 全盛期なら指を鳴らすだけで塵も残さず消し飛ばせた相手。

 だが今は、ただの人間以下の身体能力、武器は拾ったばかりのナイフ一本。


 ――ギギィ!


 甲高い咆哮と共に、ゴブリンが飛びかかる。


「ちぃ……!」


 舌打ちしたのは、敵にではない。

 動きが鈍い。反応が遅い。思い描いた通りに身体がついてこない。苛立ちと焦燥が胸を締め付ける。


 棍棒をかろうじてかわし、間合いを詰める。

 ナイフを横薙ぎに振り抜き、ゴブリンの首筋を浅く裂いた。


 ――ギギャ!


 断末魔が漏れる。血を散らし、一瞬怯んだその隙を逃さない。

 渾身の蹴りを叩き込み、浮いた小柄な身体にさらに刃を振り下ろす。

 刃は首を深く抉り、今度こそゴブリンは絶命した。


「……ふぅ。ゴブリン如きに苦戦するとは」


 荒い息を吐きながら、死骸を見下ろす。

 情けなさと同時に、奇妙な高揚感があった。

 久方ぶりの戦い――その実感が、確かに身体を震わせていた。


 男は右手を死骸にかざした。


「言葉無き屍よ――我が軍門にくだれ」


 低い声が森に響く。死骸の周囲に黒い渦が巻き起こり、肉体を飲み込んでいく。

 やがて消え去った渦は男の身体へと吸い込まれ、内側に馴染んだ。


「……成功だな」


 続けざまにもう一度詠唱する。


「我が命に応じて――顕現せよ」


 闇が形を成し、黒ずんだ肌のゴブリンが姿を現した。

 先ほど倒した個体を素材にして生まれ変わった存在――従属する「配下」。


「懐かしいな。我が力よ」


 全盛期に比べれば、今はかすかな片鱗に過ぎない。

 だが確かに、魔王の力が蘇りつつあることを実感した。


 ――ギギィ!


 前方で、新たな影が蠢く。三体のゴブリンが茂みから現れ、唸り声をあげた。


「……三体か。ならば――行け!」


 配下のゴブリンが吠え、棍棒を構えて突進する。

 野生のゴブリンたちは一瞬戸惑ったが、すぐに敵と認識し、牙を剥いた。


 棍棒と棍棒がぶつかり、木片が飛び散る。

 痛みを知らぬ配下は怯まずに斬り込み、押し返していく。


「……よし。まだ戦える」


 男はナイフを握り直し、配下と連携して敵を挟み込んだ。

 鋼の閃きと黒い影の突撃。

 やがて三体のゴブリンは次々と血に沈んだ。


「……ふぅ。何とかなったな」


 全盛期の威容とは程遠い。だが、確かな手応えはある。

 配下一体を得ただけで戦いの幅は大きく広がった。


 男は森の風を胸いっぱいに吸い込み、久しぶりの勝利を静かに噛み締めた。

読んでくださりありがとうございます。


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