BF18.狩人とローナ
ローナが身を潜めた建物の壁に銃弾が当って弾ける。
「ッ……」
危うく喰らいそうになったところを、運動神経はさほど良いとは言えない自分が避けられたことを褒めたくなる。
「弾切れを狙う作戦も駄目、か……。うぅ~ん、ジリ貧だなぁ」
入り口の端から顔を出して、ソウッと外の様子を窺う。たぶん、ローナがここに居ることは気付かれているだろうが、二度目の銃撃はない。
弾に限りがある以上、無駄玉を使わず確実に狙えるときにしか撃ってこない。故に、大きく身を乗り出すことは危険で、特攻を掛けるなど持っての他だ。何か盾になるようなものを探して、ネズミのようにコソコソと廃屋を移動している。しかし、机のような大きなものを持ち運ぶのは難しく、椅子のようなものでは守れる範囲が狭い。
「うぅ……。簡単だと思ったけど、やっぱり私には無理だったのかなぁ……」
体を建物の中に隠して、ローナがぼやく。
少しばかり話しは戻るが、どうして単身で銃弾を回避しているの説明しよう。
戦場に着いた矢先、リジムが率いるチーム『Knight』が出した提案は、この狩人とローナのハンティング勝負だった。どうやら、戦武科を集めた『Knight』にも、オスカルのような直接の戦闘を得意としないメンバーが居るようだ。
そのため、狩人――アビー=コカトル(Aby=Cokatl)とのハンティング勝負を持ちかけられた。ルールは簡単で、銃弾を喰らわないようにアビーの隠れる建物に行き、銃口を突きつければ勝ち。もちろん、一発でも銃弾を喰らえば、動きを止められた後に頭部かメインボックスを狙撃されて負けとなる。
一気に駆け抜けるという作戦も考えたが、アビーの射的能力は異常に高く、拳銃を使っても五十メートル先の空き缶を狙い撃てる。
「せめて、フィルちゃんくらいの足があったら大丈夫なんだろうけど……」
こうなってみて、ようやく自分の運動能力を恨めしく思う。
これまで、機工一筋で頑張ってきたローナにとって、それ以外のことはまったくできないのだ。
他の三人に任せて、この戦いは負けても良いのではないか、そんな考えさえ浮かんできてしまう。だた、自分から降参を申し入れるような真似はしたくなかった。責任だとか、チームのため、という独善的なものではない。ウィンディのため、という『もっと独善的』な感情だ。
「私って、こんなに頑固だったっけ? 誰に似たんだろうなぁ」
どこかでゼッドやリロナがクシャミをして居そうな発言の後、小さく溜息を吐く。
諦めることもできず、仕方なく戦闘開始前に貰った戦場の地図が書いてあるルールブックをバックパックから取り出し、抜け道がないか探してみる。
一応、細い路地を抜けていけばアビーの居る建物へはたどり着ける。しかし、問題はどうやってばれずに今の廃屋を抜け出し、路地に入るかである。絶対にアビーはこの廃屋を狙っているだろうし、体を出した瞬間に銃弾が飛んでくるのは目に見えている。
もし上手く路地に逃げ込んだとしても、抜け道を通ってくるのは向こうも直ぐに分かる。アビーが向かいの建物の屋上に居るのが分かっていて、動くに動けないジリ貧な状況。
そんなことを悩みあぐねている時だ。何かが、足元を素早く移動していく。
「ヒャァッ! え、えッ、ね、ネズミ……? あ、あった!」
足元を通り過ぎたものの正体を見つけ、それが何処へ向かうのかを何気なく観察していた。そして、廃屋の奥にネズミが抜ける小さな穴を壁に見つけた。
コンクリートが今にも崩れそうになった、朽ちた壁。何かで叩けば人独り、潜れそうな穴は作れるだろう。
「ごめんね、ネズミちゃん。ちょっと玄関を大きくさせてもらうよぉ」
さっそく、ローナは手近にあったコンクリートの破片で穴を掘り広げる。
ただ、朽ちているとは言えコンクリートを叩く音は異様に大きい。たぶん、この音でアビーもローナが隠れて何をしているのか察しているだろう。
「後は、どうやってバレずに出るか……だね」
もう一度、入り口の近くに戻ってアビーの様子を窺う。
アビーらしきシルエットは、屋上で慌しく他の路地を確認して回っている。そして、入り口のところにローナが立っているのを確認して、拳銃の狙いを定めた。
フッと、そこで一つの考えが浮かんだ。まさか、ルールブックの穴まで見つけるなんて、アビーの予測できたところだろうか。
「これなら、いけるッ!」
ルールブックの確認を終えた後、ローナは再び廃屋の奥に姿を消した。
金髪のロングヘアーが風になびき、日差しが強くも心地よい日となった。
鳶色の瞳を光らせて、アビー=コカトルはゆっくりと拳銃の照準を覗き込む。今回の獲物となる、確か名前をローナ=エルセントと言った少女に狙いを定めて行く。
向かい側の廃屋に姿を隠し、二の足を踏みながらこちらの様子を窺ってくる。こんな、勝つか負けるかのスリルが、アビーは堪らなく好きだった。別に戦うことが好きなのではなく、趣味の一つが狩りゆえの高揚感。普段は自前のスナイパーライフルを使用するのだが、残念ながら今回は拳銃で我慢する。
「うん、良い表情だよ。もっと、僕を楽しませてくれ」
傍から見れば変態とも取れそうな発言をして、舌なめずりをする。
顔はそれなりに二枚目なのだが、この変人染みた脳みその所為で人が寄り付かないことを、彼自身は理解していない。ある意味で、オスカルとは気が合いそうな性格だ。
「うん? どうしたんだい、ローナちゃん?」
それはさて置き、急にローナがおかしな行動に出た。
何か慌てたかと思えば、廃屋の奥に姿を隠して、何度かコンクリートを叩く音が響く。
「あぁ、壁を壊しているのか。えっと、どちらから来るのかな。もっと、君の困った顔を見せてくれよ」
しばらくコンクリートのぶつかる音が聞こえていたかと思うと、また入り口のところにローナが顔を覗かせる。
「残念、君の考えていることはお見通しだ。大人しく出てこれば、痛くしないようにしてあげるのに。ほら、出ておいでよ」
静かに、淡々と獲物が巣から飛び出すのを待つ。
まだ、確実に仕留められるタイミングまで待たなくてはならない。涼しい風が吹いているというのに、少しずつ額から汗が流れてくる。心臓が高鳴り、今にも絶頂を迎えそうなぐらい荒く肩で息をする。この高揚感が、引き金を引く瞬間には治まっているのだから、自分でも不思議に思う。
そして、またローナが奥に隠れてしまった。
そろそろ路地のほうに抜け出すのではないかと思っていたが、期待を裏切ってローナが入り口の影に戻ってくる。ローナの着ているS.Aの桜色の装甲が、腕だけを覗かせているのが見えた。
「もしかして、路地のほうに注意を向けさせて飛び出すつもりかい? 無駄だよ、君の行動は僕がずっと見ていて上げるから。できれば、勝負が終わった後も見ていたいぐらいだよ……」
恍惚とした表情で、まったくもってとんでもない独り言を口にするアビー。
変態染みた観察を続けること数分、まったく動く気配を見せない。太陽の向きが変わり始め、アンダースーツの黒が照らし出される。なかなか動きを見せないことに、今度はアビーの方が焦れてきた。
「早く君の顔を見せてくれ。そして、君のその円らな瞳に涙が浮かぶのを……」
もう少しで引き金を引いてしまいそうになるのを、狙撃手持ち前の精神力で抑えながら、変態発言の絶頂を迎え始める。
しかし、フッと何かがおかしいことに気付く。
どうしてか、アンダースーツが張り付く腕が異様に角ばって見える。気のせいかと思ったが、アビーの視力はそんな細部の変化を見逃さなかった。
まさか、と思った時には既に遅く、空気を切り裂くような声はアビーの動きを止めた。
「手を上げてくださいッ! これで、私の勝ちです」
背後から聞こえてきた声に、アビーは指示に従って両手を上げる。拳銃を床に放り、小さく溜息を吐いた。
「まさか、そんな手で来るとは思わなかったよ。できれば、君の勝利の微笑みを僕に――」
銃口が頭の直ぐ後ろにあるのを知りながらも、アビーは踵を返してローナを見ようとした。
けれど、アビーは重要なことを一つ忘れている。
どうして廃屋にS.Aがあり、アンダースーツが角ばっているのか。
振り向いた瞬間、顔面を拳銃のグリップが襲う。
「――見るなァァァァァァァァァァァァッ!」
「グガッ! 大きな、お山が、ふた、つ……」
「う、うぅぅぅ……。お嫁にいけないよぉ~」
大会のルールに、S.Aおよびアンダースーツの着脱を試合中に行ってはならない、という記述は一切なかった。
故に、ローナは生まれたままの姿を必死に手で隠し、自業自得ながら座り込んで嘆く。
ローナ=エルセントVSアビー=コカトル ローナWINNER
さてさて、今回が一番長くなりました。
なにせ、ローナ視点とアビー視点から書かないと、面白くできませんでしたからねぇ。事実、ローナがS.Aを脱いだ後の描写は読者の想像にお任せしたかっただけですが。
女性キャラの扱いが酷い、という意見が作中の登場人物から上がっておりますが、あえて無視しましょう。決して男尊女卑の意図はございませんが、不愉快に思われる方がいらっしゃれば、お申し付けください。
さて、残すは三人の戦いとエピローグのみ。なぜか、章の数が合わないんですが、同じものを投稿してあったりしませんよね?
ちなみに、『Knight』のメンバーのアニメ声優(仮)は次回から少しずつラジオコーナーにて紹介していきます。
アビーみたいな変態キャラが似合う声優さんって誰がいるだろう……。