BF17.彷徨える羊
何が大丈夫なものか、と心中で自嘲する。
甘いものが大丈夫かどうか、なんて話ではない。
事実、自分はこの手で己の夢を否定したのだ。例え、仲間に危険が迫っていたからと言っても、正当防衛で片付けられるような防衛行為ではなかった。今回の一件で、何が自分の爆発的な力を引き出すのか分かり始める。
それが嬉しいわけではなく、逆に怖いとさえ思う。
助けたい人が居ながら、助けるための術を得ようとしながら、自分の持つ才能が人を傷つけることなどと、信じたくはない。
ウィンディは、自問自答する。
「ウィンディ君? さっきから黙りこくっちゃって、どうしたんですか?」
不意に、ローナが声を掛けてきた。
「先刻から、体が震えてるが、寒いのか? あまり空調は効かせていないし、そっちは一番遠いだろ?」
今度は、オスカルが車内の空調を弄りながら言う。
机を挟み、二人掛けの長椅子が四方に置かれた広めの車内。一番後ろの席にウィンディとローナが座り、ローナの左隣にオスカルが座る。オスカルの左隣の席に、フィルティアが座った形となっている。
「ずいぶんと汗をかいてるわね。暑いんじゃない? それと、試験の途中で倒れられても困るし、ちゃんと水分補給をしておきなさい」
フィルティアにまで心配されているが、自分の体がどうなっているのかさえ感覚をつかめなくなっていた。それに、大した速度でもないミネラルウォーターのトスでさえ、上手く受け止めることができなかった。
「あッ……」
震える手がボトルを取り落とし、転がってフィルティアの元に帰る。帰巣本能でもあるみたいだ。
「やっぱり、おかしいですよ。もしかして、風邪でも引いちゃいました?」
ウィンディの異変を身体的なものだと勘違いして、ローナが額同士をくっ付けてくる。
普段なら、慌てて離れるか硬直してしまうというのに、この時だけは何の情感さえ湧かない。自分がここに居ないような、この光景を遠目に自分自身で見詰めている。
「熱は、ないようですねぇ……。お薬があると良いんですけど、試験中は医療部の認可がないと薬の服用は禁じられていますし」
どうして、ローナという少女はこれほどまでに献身的なのか。
自分の夢さえ忘れ、逆に人を傷つけるような悪人を、心配してくれる優しい少女。
こんなことになるのであれば、戦武科に入っておけばよかった。そして、ローナが衛生科に入ればよかったと思う。
そう考えてしまう自分を客観的に見て、益々おかしくなっていると自覚する。
他人に自分の夢を押し付ける。押し付けてどうする。他人に夢を諦めろと強要するか。なんて馬鹿なことを考えている。
遠くから、自分の考えを否定する。
頭の中で、思考回路が複雑に絡み合う。
機械の配線が全部黒く染まって、どれがどこに繋がるのか分からなくなる。いや、人間は機械じゃない。人間の頭に配線なんてあるわけがない。
「おいおい、緊張して頭がおかしくなったか? 神妙な顔をしたり、ヘラヘラ笑ったり、今度はなに怖い顔してんだ。百面相のつもりなら面白くもねぇぞ」
そうか、オスカルが言うような顔をしているのか。
「ほら、馬鹿なことしてないで、そろそろ到着するわよ。水でも飲んで落ち着きなさい」
フィルティアに差し出された水を、飲み干す。
飲み干す。
満たされない。
五百ミリリットル入りのミネラルウォーターを十数秒で飲み干しても、喉は砂漠のように乾燥している。もしかしたら、水を飲んだつもりで香辛料を飲み込んでしまったのだろうか。喉が焼け付くほど痛い。
「落ち着きましたか?」
自分の苦しみなど知らぬように、ローナが顔を覗きこんできた。
人の気持ちも知らないで、酷い女だと思う。
どうして、今まで褒めていた彼女を貶しているのか。今はそんなことをしている場合ではないというのに、思考と行動が噛み合わない。
そうしている内に、ウィンディ達を乗せたトレーラーが停車する。
車を降りた四人の前に広がるのは、如何にも風雨に晒されたゴースト・タウン化した市街地。
そして、少し離れたところに佇むのは『Knight』のメンバーだ。ただ、三人しかいないのはどうしてだろう。四人揃わなければ、不戦敗になるはずだから、とこかに隠れているのだろうが。
三人が揃いに揃って、白銀に煌く鎧を身に着けているから、一人ぐらい欠けていても違和感を覚えない。
変なことばかり考えてしまう。
「さて、長話は好きじゃないんで、早くルールを説明しておこう。あぁ、そこの『紛い物』の所為で不利な条件をつけられると思っているのだろうけど、俺はそんなことしな――」
「――長話は好きじゃないんですよね? それなら、さっさと説明してください」
御託を並べるリジムに辟易して、ウィンディは不機嫌を露わにする。
「ほぉ、そんな口を聞けるぐらいに自信はあるんだな。口で説明するより、これを渡した方が早いだろ。読み終えたら、散ってくれ」
リジムも、苛立ちを顕著にして一枚の用紙を放り投げてくる。
足元に舞い落ちた紙をオスカルが拾い上げて、額に皺を寄せながら唸る。
「少しぐらい作戦会議をさせてくれても良いだろ? 一応、チーム戦なんだからよ」
「……どうぞ、お好きに。定位置についたら、開始を宣言させてもらう」
オスカルがリジムの答えを聞いて、『Knight』の特徴について説明して行く。
正直、まったくと言って良いほどオスカルの話が耳に入ってこない。ただ、誰が誰と勝負をするのか、それぐらいを理解しただけだ。
「よしッ。後は全力を尽くすだけだぜ。これで負けても、悔いの残らないように健闘を祈る」
「えっと、私はこっちの方ですね。私の対戦相手は、どこかに隠れているんですね」
「誰が相手だろうと、容赦はしないわよ。泣きべそかいて負けたくなかったら、とっとと降参することね」
オスカル、ローナ、フィルティアが口々に言い放って、指定の位置へ散って行く。その後に続いて、リジムを除く二人のメンバーが歩き去る。
「それじゃあ、始めようか……『紛い物』ッ!」
リジムの怒声に対して、ウィンディが身構える。
そして、誰ともなく蚊の鳴くような声で問う。
「勝てるかな?」
羊飼いの統制を失った羊は、決して元の柵に戻ることはできない。同じく、群れから逸れた羊は野山を彷徨い続ける。運が良ければ誰かが探しにくるかもしれない。運が悪ければ、狼に食べられてしまう。
しかし、今の自分は彷徨う羊よりも性質が悪い。
狼の皮を被って身を守ることもできず、か弱い羊如きが騎士に挑もうとしているのだから。
無理だ。




