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BF16.狩りの条件

BF15.狩りの条件


 クレイモンドの負った怪我は、これまでのクラス分け試験の中でも最悪のものだった。初撃の蹴りで受けた傷そのものは、軽い脳震盪で済んだ。しかし、文字通りの鉄拳で負った怪我は、打撲に始まり頬骨の複雑骨折およびヒビ、下顎に鼻骨がほぼ粉々に砕けていた。

 医療部の話では、頭部に損傷がなかったことが幸いとのことだ。

「と、まあ、どうにか命に別状はないってところだ」

 医療部に聞いた話を伝え終え、オスカルが肩を竦めて見せる。

 楽観的とまでは言わないが、事態をあまり重く考えていない風にも見える言い方だ。

「どうして、ウィンディ君はあんなに怒ったんでしょうか……? う、ううぅ……」

 ローナは、ウィンディの異常な行動を思い出したのか、恐怖で嗚咽を混じらせて肩を震えさせる。

「普段から温厚な分、切れた時に怒りが爆発する、ってのは良くあることだぜ。まぁ、詳しいところは本人に聞いてみれば良い」

 ローナの疑問にオスカルが答える。

 ウィンディのような性格の人間は、怒りを抑制することに長けているが、たがが外れたときに水が一気に溢れ出す。特に、その行動に正当性があった場合、過剰な反応を見せてしまうものだ。

 などと、フィルティアは分析する。

 それならば、その箍が外れた理由は何なのか。こればかりは、オスカルの言う通り本人に聞くしかない。

 ただ、そんなことよりも、フィルティアには気になることがあった。

「まさか、この件で出場停止になったりしないわよね? 戦って負けるならまだしも、不戦敗なんで御免よ。そんなことになったら、恨んでも恨みきれないわ」

 現在、教師達に呼び出されているウィンディへの処罰、および自分達への沙汰である。

 呼び出されてから一時間ほどが過ぎたが、そろそろ戻ってきても良い頃合だ。次の試合も間近に迫っている上、未だに一回戦目の勝敗がどちらのチームに渡ったのかさえ発表されていない。

 苛立ちが募り、無意識の内に靴底が地面をノックしていた。

 コツ、コツ、と一定のリズムを刻む。その所為か、控え室の空気は息苦しいほどに澱み、誰もが言葉を失って沈黙の重みに耐える。

 そして、二時間が回ろうとしていた頃、ようやくウィンディが控え室に戻ってきた。扉が開く音に、ローナが飛び上がるように立ち上がって、落ち込んだ表情のウィンディに駆け寄る。

「ウィ、ウィンディ君……」

「済みません、僕の所為で……」

 声を掛けあぐねるローナ。

 ボソリと、ウィンディが口を開く。

「まさか、そんな馬鹿なこと、言わないわよね?」

 漂い始めた不吉な予感に、自分でも分かるほど表情が引き攣る。出場停止、一回戦敗退、の文字がフィルティアの脳裏を過ぎる。

「皆さんにご迷惑をかけることになってしまいました。次の試合は、皆と力を合わせることができなくなって、なんと謝れば良いのか分かりません」

 まさかの敗退宣言――。

「嘘……。そんなのって無いわッ! 貴方だけ、貴方だけ落ちれば良いのに、どうして私まで巻き込まれなくちゃいけないのッ? 教えてよッ、教えなさいよッ!」

「や、止めて、フィルちゃん! ウィンディ君だって、やりたくてやったわけじゃないんだから。私だって悔しいけど、諦めるしかないよッ」

「確かに、ウィンディを責めたところでどうにかなるわけじゃない。甘んじるのも癪だが、最下位のクラスでも頑張ってやろうぜ。結果はこんなんだけど、寄せ集めのチームでも充分にやっていけるってわかったから良いんじゃねぇの?」

 ――かに思われた。

「そうならないように、次の試合は『Knight』の出した条件を呑んでしまいました。一対一で、どちらかが戦えなくなるまでの個人トーナメント形式とのことです」

『へッ……?』

 ウィンディの付け加えた言葉に、その場の誰もが怪訝な表情をする。

 しばし時間を置くと、自分達が馬鹿げた早とちりをしたことに気付く。

 決して、出場停止になったわけではない。単に、次の対戦相手である『Knight』が出した条件を呑むことで特に罰則はなし、ということだ。

 そして、それがとんでもない条件であることに気付く。

「えっと、確か『Knight』ってリジム達のチームよね? いえ、それこそ馬鹿げてるわッ! このメンバーで、どうやって勝てと言うの?」

「相手は戦武科だけの精鋭。優勝候補でもある上に、個人の戦闘能力は戦武科でも上位の奴が三人。一人はあまり強くないみたいだが、それでもあまり良い話を聞かない野郎だ」

 フィルティアの懸念を理解できたのは、分析能力に長けたオスカルだけ。

 『wolf』には自分という前衛(アサルト)がいる。それでも、戦武科と言えど前衛には数えられないオスカルと、S.Aを弄くることしか才能を持たないローナ。この二人は、まず確実に戦力外通知を出せる。残るウィンディだが、正直なところ判断のし辛いチームメイトである。

 というのも、身体能力が異常に高いことは先刻の試合でも分かった。しかし、それゆえに様々な弱点が浮き彫りになっている。

「けど、よ。このまま不戦敗になるよりは、僅かな勝機に賭けた方が良いだろ」

 そう言うオスカルは、どうもウィンディの弱点を見切れて居ないようだ。

 確かに身体能力の面では、自分よりも遥かに上を行く。だが、技術の面ではどうだろうか。素直な感想で、中の下。リジムの技術力はゲリラ戦において自分より少し下で、ウィンディなら遥かに下である。

 通常のチーム戦ならば、ウィンディの足りない技術はフィルティアがカバーできる。

 そんな、天性の才能を持つウィンディや、男としての力を全面的に出せるリジムが、フィルティアには羨ましくもあった。果たして、これまで女に生まれたことを何度呪ったことだろう。

 もし、そうした能力を分析した上でリジムが主導権(イニシアディブ)を握っているならば、尚更に面倒なことになる。

「もしかして、誰と戦うか、も向こうが決めるの?」

「…………」

 最も懸念する条件に、ウィンディが首肯を返す。

 それは、怒りや呆れを通り越し、無意識に手元のサバイバルナイフを抜き取ってしまう。

「殺す。とりあえず、殺すッ」

 いきり立ってウィンディに切りかかるが、幸いにも模擬戦で使う刃の無い電磁ナイフであったため事なきを得た。

「は~い、ドゥドゥドゥ……。落ち着け、フィル嬢。怒ったり、悩んでどうにかなるならすれば良い。けど、こうなっちまったものはどうしようもないだろ?」

「そうですよ、フィルちゃんッ。まだ負けが決まったわけじゃないんですから、頑張れば良いじゃないですか」

 オスカルとローナがフィルティアを取り押さえ、苦笑混じりに宥める。

 二人がウィンディの肩を持つのが少し癪だが、その言い分にも一理ある。どうにか気を収め、仕方なく今回の了見を呑むことにした。

「うぅ、ビリッて来たぁ……」

「このッ」

「ヒィッ!」

 でも気が治まらず、電磁ナイフで悶絶するウィンディに再びナイフを突きつける。しばらくそんなやり取りが控え室で続いた後、四人に試合の時間が迫ったことをアナウンスが伝える。

『次の試合は、今回のAクラス有力候補『Knight』対『wolf』の対戦です。出場者は、速やかにフィールド出場口にお集まりください。なお、次の戦場は『市街地』です』

 どう転ぶか分からない戦い。

 この楽観的な三人を一緒に居て、本当に大丈夫なのかと不安にもなる。

「なぁ~に、負けたら土下座して謝ってやるよ。もしお望みなら、酒でも奢ってやるさ」

「私たちはまだ未成年ですよ。あ、美味しいクレープ屋があるんですけど、そっちでお願いします。ウィンディ君は、甘いもの大丈夫でしたっけ?」

「大丈夫ですよ」

 人知れず、溜息が漏れた。


~どれそれ羊狼ラジオコーナー~

「さてさて、久しぶりのラジオコーナーのお時間です」

「ゲストはリジムでお送りする」

「おう、ウィンディの好敵手兼本作で一番のハンサム君よ。今日はどんな話をしてくれるのかな?」

「俺が一番の美男子なのか?」

「一応は……。ウィンディだと、少し小動物系が入った二枚目半、ってところだ。しかし、バリバリに嫌な奴フラグを立てているな、リジム」

「作者の意向だろう? そんなことより、後五話ぐらいで第一部が完結するわけだが、第二部に突入するのか、それとも別の作品を先にするのか」

「その点は、現在悩み中なのだよ。第二部の執筆には取り掛かっているものの、もう少し推敲を重ねるべきなのか。それとも、注文にあった長編推理小説を書くべきか……」

「突然だが、整った」

「本当に突然だな」

「梅雨時期の洗濯物と掛けまして、プロットのない小説と解く」

「その心は?」

「乾燥(完走)できません」

『おあとがよろしいようで』

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