BF11.その名はウルフ
BF11.その名は『wolf』
新学期が始まってから、しばらくの時間が過ぎたある日。普段は各々が勝手に活動しているはずだが、その日は珍しく四人が一同に介していた。
校庭の隅に植えられた、巨木の木陰を陣取る四人の姿。
名を上げるなら――ウィンディ=セイプ、ローナ=エルセント、フィルティア=レイ、オスカル=ゴードン――の四人である。
彼らが陣取る場所は、校舎から程近く、そしてあまり生徒が通らない位置だ。傍から見れば、仲良く昼食を摂っているように見える仄々とした様子。しかし、実質的に彼らを包み込むのは剣呑な空気だった。
ウィンディは、ソルフが作った弁当を傍らに置き、マス目が書かれた五十センチ程の板を挟んでオスカルと向き合う。オスカルは購買のパンを咀嚼し、手元の機械を弄くっている。フィルティアは、既に昼食を終えたのか巨木にもたれ掛かったまま目を閉じて黙想していた。
そして、温和であるはずの空気に妙な水を差しているのはローナであった。珍しいと言えば珍しい。普段から能天気なローナが、こうした雰囲気を醸しだすのはそうそう見られるものではない。
だが、その原因を遡れば大したことではなかった。
「……酷いです。酷すぎます。皆、鬼です」
弁当を片手に、おかずの卵焼きを口に放り込んでローナがぼやく。
何ゆえ、彼女が不機嫌なのかは、この場の誰もがわかっていること。
昼の休憩時間に、ローナによって召集された三人。ウィンディとオスカル、ローナは、入学式の翌日からこの木陰に集まって昼食を摂るのが日課となった。そのため、態々呼び出されたのはフィルティアだけになる。
「折角、頑張って考えてきたのに……どうして却下されなくてはいけないんですか?」
頬を膨らませるローナの言い分は、こうだ。
後十数日で開始されるクラス分け試験において、四人一組のチームはチーム名を登録しなければならない。今回、決定したチームメンバーは学生生活の三年間を共に活動しなくてはいけないのである。もちろん、学科によって授業内容が異なってくるので、専門となる教科の場合は除く。ただ、学年ごとに定められた合同授業においては、このメンバーが基本の組み合わせとなるわけだ。だからこそ、チームを纏めるための名前をつけなければならなかった。
そのチーム名を考えるのを立候補したローナだったが、考えたチーム名を悉く三人に却下されてしまったのである。
「いや、しかし……なぁ。化粧品の名前だったり、食べ物の名前だったり、どれもパッとしないわけじゃん」
どうも、ローナが考えてきた――見つけてきた名前は、身近にあったものから摂ってきたらしい。
オスカルは苦笑を浮かべつつ、宥めるように問題点を列挙した。せめてもの救いと見つけてきたお酒の種類である『スピリッツ』という名前は、既に別のチームが命名していたために却下された。どこの組も、割とどうでも良いことで頭を抱えているらしい。
「それじゃあ、何か良い案があるんですか?」
「あぁ、うぅんと……」
ローナに拗ねられ、ウィンディは申し訳無さそうに苦笑を返す。ローナに任せ切りにしてしまったのは自分達だが、まさかこうも彼女のネーミングセンスが常人以下だというのは予想していなかった。
「もう少し、俺達を体現した名前にしようぜ。意外に怖いウィンディ、機工屋のローナちゃん、剣のフィルティア……」
「落ち零れ」
オスカルがどうにか案を出そうとすると、フィルティアがおかしなところで突っかかってゆく。本当に、仲が良いのか悪いのか。そもそも、メンバーについてこの数日で分かったことなど、本当に数えるぐらいしかない。
ローナはそれなりに色々と話をするものの、フィルティアはあまり自分のことを語ってくれない。これまで口を利いたことさえ、二言三言といったところ。オスカルは、気さくで自分を飾らないタイプの人間だが、フィルティアに言わせても『掴みどころがない』とのことだ。しかも、落ち零れの名に相応しく隠れて喫煙などする不良である。
「ウィンディ君、ゴード……オスカルさん、フィルティアちゃん。それから私。何か、あります? 四人で共通することなんて、まったく思いつきませんよ」
「あぁ、確かにそんなものはないな。いっそのこと、ローナちゃんの機工屋から取って『レッド・カウ』にしちまうか?」
「それは駄目です。お父さんが、暖簾分けはしない、って怒っていましたから……」
「一応、考えていたんだね」
ほとんど口を開かないフィルティアを除き、三人で口々に案を出し始める。終いには、ローナが不貞腐れて四人の名前を地面に書き始めてしまう。
そんななんとも言い難い空気の中、唐突に四人が顔を見合わせる。面倒くさがっていたフィルティアでさえ、案外、こうして名前を考えてくれていたらしい。そして、四人が思ったことも同じ。
「四人の頭文字を取って、適当に組み合わせれば良いんじゃない?」
最初にそれを口にしたのは、フィルティアだった。
「あぁ、割と簡単なことに気づかなかったな」
続いてオスカルが呆れたように言う。
「じゃあ、『う』、『お』、『ろ』、『ふ』で考え付くものはなんですか?」
ローナが四人の頭文字を地面に書き、順番に組み合わせて行く。
『うおろふ』から始まり、二十四通りを試す。しかし、名案と思われたそれは悉くが失敗する。書いては消して、消しては書く、を繰り返すが四人の納得いくような答えが出ずに時間が過ぎて行く。
「あれ? 東方文字で書くから駄目なんじゃないですか? 共通文字で『W』、『O』、『L』、『F』と書くなら、ほら」
ローナがフッと発想を転換させる。
ウィンディが地面に書かれた共通文字を読み上げる。
「『ウォルフ』?」
「いえ、『wolf』です。発音としては間違ってませんが、狼って意味ですね」
「ほうほう、なかなか良い名前じゃないか。まだ登録されていないみてぇだから、これで行くか?」
オスカルが正方形の端末を操作して、空間に浮かび上がったホログラフを確認する。
余談ではあるが、この正方形の端末を『オブジェクス』と呼ぶ。近代化された現在では珍しいものではないが、昔のものに比べれば充分に使い勝手が良くなった。まあ、ウィンディは簡単な操作しか出来ないが。
閑話休題。
「ちょちょいの、ちょいッ。と……これで憂いはなくなったわけだ」
『オブジェクス』を操作して『wolf』のチーム名を登録し終える。
「それじゃ、私は戻るわね。話が終わったのなら、いつまでも私がここにいる理由はないでしょ?」
「おう、お好きにどうぞ。口では色々と言いつつも、割とチームのことを考えてくれているフィルティアちゃん」
「…………」
立ち去ろうとするフィルティアに、懲りずに軽口を叩くオスカル。相変わらず、横目でオスカルを睨みつけて立ち去ってしまうフィルティア。なんとなく分かることと言えば、これが二人のコミュニケーションのとり方なのだ。
素直に褒めることを知らないオスカルと、素直に褒められることができないフィルティア。これはこれで、良いコンビなのだと思う。
「さて、バトルボードでも始めるか」
「……また遣るんですか? もう時間もありませんし、今度にしましょうよ。それに、僕、一度もオスカルさんに勝ったことがないんですけど」
オスカルが『オブジェクス』でボードゲームを始めようとして、ウィンディが呆れながら制止する。この二日間で、つくづくオスカルがこのゲームを好んでいるのだと分かった。良くある、手駒を動かして勝負するボードゲームだが、子供の玩具とは程遠い知能を使うゲームである。ちなみに、三回戦を数えてウィンディは全敗している。
そんなこんなで、穏やかなひと時は直ぐに過ぎ去って行った。
たぶん、今回の更新で一万アクセスに到達すると思います。
記念企画を色々と考えて来ましたが、読者2さんからS.Aの構造をもう少し詳しく、というリクエストがありましたため、三話と四話の間にBF3.5を挟もうかと思います。
単純にS.Aの構造だけ説明するなら一話分も必要ないけど、それだけじゃ読者様方も飽きてしまうでしょうから、ウィンディとローナがどう親密になったのかも同時に書きます。
もしそれだけじゃ足りない、という方がいらっしゃれば、活動報告にでもリクエストをお願いします。くれぐれも、感想と一緒に書かないでくださいね。