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林檎のロロさん  作者: Tada
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76個目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 少しでいい。頭の中を整理するため、アルビーにガゼボに戻りたいと言った。


 石板を見つけてからロロの様子が変だったので、アルビーは別の心配をしていた。変な石板があることで、気持ちが悪くなったのではないだろうか、と。

 自分が初めてアレを見つけた時は、暗号だと思ってワクワクした記憶がある。父に聞いたら「僕が忘れないように残したものだ」と苦笑いしていた。意味がわからなかったので、もうそのまま石板を気にすることもなくなった。


 ガゼボに着いて、ロロは座って遠くを見た。景色を見ているわけではなかった。


 なぜ、もっと早く、前世の記憶を思い出せなかったのだろう。


 セイジ・サトウ、サトウセイジ。


 彼はきっと異世界転移者だ。

 あの数字、二〇〇五年七月七日に、ガルネルに転移して来てしまったのだ。子供の頃にこの世界に来て、土魔法が使えたことでアトウッド家の養子になった。



『ガルネルに自分が居たことを残したい』



 変わった考え方をした人だと思っていたが、異世界転移者だと知った今、捉え方が変わってくる。

 

 どれほど辛い思いをしただろう?

 

 向こうに親がいたなら、息子の行方がわからなくなったのだ。嘆き悲しんだに違いない。


 最期まで日本に帰れず、この異世界の地で死んでいった日本人。サトウセイジさんは、結婚して、子供が生まれて、父親となり、幸せだっただろうか。



『ガルネルに自分が居たことを残したい』



 ここで生きて、死んだんだよ。と、誰かに知って欲しかったのだろうか。同じように転移して来るかもしれない、同郷の誰かに、知ってもらいたかったのだろうか。


「あぁ‥‥‥会ってみたかったなぁ‥‥‥」


 呟いたロロの言葉に、アルビーは複雑な顔になった。この少女は、父に会いたかったと言ったのだろうか。

 まだ遠くを見ている、露草色の瞳の美少女は、不思議と今とても大人びて見える。何故か、父に重なった。


「アルビーさん、お父さんは、黒髪だった?」

「ど、‥‥‥どうして」


 黒髪の人はいる。ユルもケルンもそうだ。ただ、瞳はどうだろう?黒い瞳に、会ったことはない。もしかしたら‥‥‥。


 お父さんは、魔法道具の眼鏡をかけていた?


 思わず聞いてしまいそうになった。


 アルビーの祖父母は、ユルの祖父ケルンと友人だった。養子にした少年の黒い瞳を隠すために、魔法道具職人だったケルンに頼んだのではないだろうか。たとえば、他の色に見えるような‥‥‥。


「お父さんも、琥珀色の瞳だった?」

「ボクと、同じ、瞳だった」

「そう」


 アルビー・アトウッド。彼は、異世界から来た日本人と、この世界の女性との子供として生まれた、特別な人だ。

 力になりたい。転生者である自分がここに来たことは、何か意味があるはずだ。

 

「アルビーさん、仕事の日はここで休憩させてもらうね。風が気持ちいいし、ステキな庭を見ながらなんて最高だよ」

「そ、そうかい?気に入ってもらえて良かった!もう大丈夫?」

「大丈夫、ありがとう。エラさんのところへ連れてってくれる?」

「わ、わかった」


 アルビーが手のひらを差し出した。少し驚いたが、ありがとうと言って、手を乗せて立ち上がった。


「は、母が依頼内容変えるのに賛成してくれたら、明日の午前中にでもギルドに行って手続きするよ」

「助かります。今日は、少しだけでもお庭にお願いして、薬草採取して帰るね。明後日また採取した部分の確認に来ていい?」

「い、いいよ!明後日ボクはイチゴを摘むよ。ロロさんの、ギルドの人たちと食べて欲しい」 

「やった!ありがとう」


 玄関の扉を開けてもらい、中に入るとアトウッド家の柱時計は正午を過ぎていた。ちょっとお腹が空いたなと思っていたら、エラが談話室でサンドイッチを用意して待ってくれていた。


「お疲れさま、ロロさん。サンドイッチをどうぞー」

「わぁ、ありがとう!エラさん」

「か、母さん、戻って来るのがわかってたのかい?」

「うふふ」


 談話室では先日の面接でもお茶とお菓子を頂いたが、依頼人の家で食べてばかりの冒険者ってどうなのだろう?‥‥‥まあ、いいか。


「サンドイッチの野菜が新鮮」


 トマトの味が濃厚だし、レタスも瑞々しい。


「幸せぇ」 

「まあまあまあ!嬉しいわぁ!まだまだあるから、食べてね、ロロさん」

「はい」

「あぁ、アルビーが女の子だったら良かったのに」

「か、母さん、もうそれやめてくれよ」


 お腹がいっぱいになったら、さっそく庭園の依頼変更を提案した。


「薬草採取は無期限ではなく定期的に?それから、草むしり?」

「それで様子がみたいの」


 庭園の薬草採取、香草・イチゴや野菜の収穫は、アトウッド人間であることと、庭に許可をもらわないとロロには出来ないことを言った。さすがに、そんな事だとは知らなかったエラが困った顔になった。


「はあぁ、義父母がいた頃の使用人たちが辞めていったのは、それかもしれないわ」


 自分たちでは、庭の手入れも収穫も出来ずにいたので、ショックや気持ちが悪いと、出て行ったのだろう。


「ロロさんは、庭にお願いしたからイチゴが摘めたのね?」

「それはもう、美味しく頂きました」

「ふふ、そうなの」


 これから、依頼の薬草採取を庭園にお願いしてしてみると言った。明後日、採取した場所がどうなっているか確認したいと。


「ロロさん、庭園はどうするべき?」

「他人を拒絶した庭園ではないと思いたいな、と。きっと、エラさんやアルビーさんが受け入れた友人なら‥‥‥エラさん、ちょっと一緒にお庭に出てもらっても?」

「いいわよー」

「ボ、ボクは」

「今度はあなたがお留守番よ、アルビー。食器を洗って片付けておいてね」

「わ、わかったよ」


 今度はロロがエラをエスコートする感じで、玄関の扉を開けて庭園に出た。

 ロロは、エラに見てもらいながら、回復草を引っ張ってみせた。びくともしない。エラは目を丸くして、それから頷いた。


「エラさん、私とお友達になってくれる?」

「まぁ、嬉しいわ」

「良かった!」

「そうしたら、これから薬草採取を友達としたいって、お願いすればいいのかしら?」


 理解が早くて助かる。ロロが頷いた。


「お友達のロロさんとこれから薬草採取をさせてねー!」


 可愛いお母さんだな。


「エラさん。今日はこのアプローチ付近の回復草と毒消し草にしましょう」

「んふ、わかったわ」 


 二人で薬草を、ほぼ同時に引き抜いた。


「出来た!」

「出来たわね」


 たくさんある回復草と毒消し草。引き抜いたところの土は、そのまま変化はなかった。

 二人で合わせて各二十本ずつ採取した。


「これは今日のロロさんの報酬にしてね」

「こんなに?回復草はギルドの買い取りだと、二十本で銀貨二枚、毒消し草は銀貨二枚と銅貨五枚だよ?」

「あらまあ、少なくない?」

「庭園散歩して、サンドイッチ食べただけなのに?」

「ふふ、今日はそれでいいのよ」


 ロロはワンショルダーリュックに採取した薬草を入れた。


「それ魔法鞄ね?夫も欲しがっていたけど、冒険者になるのは無理だと言っていたわ」


 登録の時に、どんな魔力鑑定結果が出るのか怖かったのかもしれない。黒い瞳も見せたくなかったのだとしたら、義父母も反対した可能性がある。


「だけど、土魔法で作った器が魔法鞄の代わりになってたみたいよ?薬草採取して薬屋さんに器ごと持って行っていたわ」

「え」


 それは、職人専用の魔法袋にかなり近い物だ。


「エラさん、その器のことは、他人には言わないほうがいい。売るのはもっとダメ。職人として登録してないと罪になるから。アルビーさんにも言っておいてね」


 エラは目を丸くした。そんな物だとは思わなかったのだろう。


「どうしましょう。私が香草を採るのに使ってしまっているわ。アルビーも摘んだイチゴをそれに‥‥‥」

「え?アルビーさんとエラさんも使えるの?」


 アトウッド家の人間なら使える物なのかもしれない。


「このままここで使うならいいと思う。アトウッド家でアトウッドの人間だけ。他人には渡さないように」

「わ、わかったわ!」


 アルビーのような返事をしたので、やっぱり親子だなと笑いそうになった。

 先程の薬草があった土を見たら、平らになっていた。少しずつ元に戻ろうとしているのかもしれない。明後日が楽しみだ。


 さてと。


「今日は、このまま失礼します。アルビーさんに、明日の依頼変更手続きお願いしますとお伝えください。それと、代表からは『ギルドも力になれる』と」

「わかりました。ありがとうございます。宜しくお伝え下さい」


 ロロがお仕事モードの話し方になったので、エラも真面目な顔で返事をした。


「明後日また参ります」

「お待ちしています」


 ロロが、エラが、ニコッと笑う。


「エラさん、サンドイッチ美味しかった!ごちそうさまでした!」

「ふふ、どういたしまして。気をつけて帰ってねー」


 エラが見えなくなった門の手前で、ロロは振り返り、呟いた。


「セイジさん、今日はありがとうございました。明後日またよろしくお願いします」


 庭園から柔らかな風が吹いた。




 ロロがケルンの家の前の道を歩くと、今日はユルがケルンと共に王都の実家にいることを思い出した。明日の帰りは深夜になるかもしれないが、無事に帰ってきてほしい。真面目なユルは、明後日の午後にでも出勤して来るだろう。


 ゲイトは、王都で第五騎士団長のジルニールと合流し、シューターに会えただろうか。

 ロロの兄かもしれない人。十年分の記憶がないシューターは、ロロを忘れている。この先、会うかどうかは彼次第で、ロロはどちらでもいい。ただ、今が幸せであってくれれば、それでいい。


 また何かが変わるかもしれない。


 ユルとゲイトが王都へ行っている間に、家具職人ランスがギルドの仲間になった。


 永遠の庭園、石板の文字、異世界転移した日本人で、三ヶ月前に亡くなってしまった、サトウセイジ。

 この世界でセージ・アトウッドとして生きた彼と、妻のエラとの間に生まれた息子、アルビー。


 アルビー・アトウッド。


 謎の多い父が遺した永遠の庭園が理解できずに悩むが、庭園のイチゴは好き。臆病で口下手で騙されやすいが、正直だし真面目で、母親思いだ。


 因みに、現在は無職。


 よし、ギルドに戻ったら、カイさんとマルコさんに今日の話と相談だ。

読んでいただきありがとうございます。

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