74個目
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昨夜の片付けで、クローゼットの中は空になった。着替えも装飾品も、新しい魔法鞄に全て入れた。またいつギルドに泊まるかもわからない。
枕とブランケット、食器、洗面・シャワーセット、ここで使うものは置いておく。
鉢植えのローズマリーも大きくなり過ぎてしまって、置いておくしかない。最近急激に育ち、鉢植えとしての限界を感じている。水遣りの時に魔力を入れてしまったのだろうか。少し思いついたことがあったので、ランスに相談しようと決めた。
あとは、ナナシーから貰ったブーケをドライフラワーにしたもの。どうするか悩んでいる。ここで飾るか、魔法鞄に入れるか。今日のところは、部屋に飾ったままにしておいた。
今日は、ランスと【カルーダンのパン】で待ち合わせして、ギルドへ行って貴公子を見てから、依頼先へ行く。
砂色のワークシャツとパンツ、ヘアピンを何本か使い、両横の髪を編み込んで、薬草採取で髪が顔にかからないようにスッキリさせた。なかなか上手く出来た。
灰赤のワンショルダーリュックを斜め掛けにして、火の元よし!と、いつも通りにロロは自宅を出た。
パン屋さんのベンチに、ムキムキのお兄さんが座っている。白の五分袖のノーカラーシャツに煉瓦色のカーゴパンツ、革紐で榛色の長い髪を無造作に一つに結んだ、ギルドの家具職人ランスだ。
「ランスさん、おはよう!待たせちゃった?」
「おはよう、ロロちゃん。そうでもないわよ」
立ち上がったランスの、榛色の瞳が優しく笑う。
「今日の髪型、素敵ネ」
「本当?ありがとう!」
二人で店に入ると、ダンノとカルーネが揃って会計カウンターにいた。
「いらっしゃい、ロロちゃん」
「この方はお知り合いなの?」
ムキムキがベンチにいて怖かったのかな?
「ねぇロロちゃん、思ったことが口に出てるわよ」
「おっと」
「あんた、ムキムキって」
「ダンノさんカルーネさん、このム‥‥‥人は家具職人のランスさん。昨日から【紅玉】の家具職人で、別棟の管理人だよ。紹介したくて、待ち合わせしたの」
「今ムキムキって言おうとしたわネ?‥‥‥ランスよ、はじめまして。ロロちゃんから、優しいご夫婦で美味しいパン屋さんだと聞いてるわ。どうぞよろしくネ」
夫婦はホッとした後に嬉しそうな顔をして「こちらこそ、よろしく」と言った。
ロロもランスも朝食はまだなので、お勧めのパンを買うことにした。生ハムのロールパンサンドと、スモークサーモンのバゲットサンドだ。今日はロロが黄土色の財布から支払った。
「いつもありがとう。これ、試作だから、皆さんで食べてくれ」
ダンノがミニクロワッサンがたくさん入った袋をくれた。喜んでロロが受け取って自分の魔法鞄に入れた。
「どうもありがとう!朝食はベンチで食べてもいい?」
「もちろんよ」
「ランスさん、ベンチで食べよう」
「わかったわ。飲み物は厨房から持ってきたわよ」
「まさかエール?」
「朝から外で飲まないわよ!」
話しながら店を出て行った二人に、ダンノは、まるで友達みたいだなと笑った。
ランスとベンチに座ったロロは、魔法鞄からトレイを出した。ランスはそこに冷グラスに入った飲み物を置く。
「蜂蜜レモン水?」
「そうよ。甘いかと思ったけど、サッパリしてなかなか美味しいわネ」
生ハムのロールパンサンドは、レタス・チーズ・トマトも入っていた。バランスが良くて美味しい。
「んん!本当美味しいわ」
「んふふ」
穏やかな天気が良い日に、ベンチに座って外で食べる美味しいパンは、また格別だ。
「ランスさんに、お願いが」
「‥‥‥内容にもよるわネ」
苦笑いで、ランスはロールパンサンドの最後の一口を頬張る。早いなと、ロロはスモークサーモンのバゲットサンドを紙袋から出した。たっぷりのオニオンサラダと粒マスタードも入っている。
「ローズマリーの鉢植えが大きくなり過ぎて、何か利用できないかと思ったんだけど、切って乾燥させたいの。作業場を借りられない?」
「なんだ、そんなこと?いいわよ」
「香りが強いから、苦手だといけないと思って」
「ローズマリーは魔除けの効果がある香草よね。香りも好きだから、構わないわ」
「ありがとう!鉢植えはギルドに置かせてもらおうかと思ってるから、今度鉢ごと持ってくる。大きくて魔法鞄に入らないの」
「‥‥‥わかったわ」
運んであげようか?と言おうとしたが、ロロの部屋に行くとなると魔王の許可が必要だ。後で聞いておこう。ランスは、学習していた。
「このスモークサーモンのバゲットサンド、絶対エールに合うわ!」
「確かに、大人な味だね」
「ふふ、ロロちゃんとエールを飲める日が楽しみ」
年が明けたら、ロロはエールが飲める十六歳になる。
「ランスさんは、今日から本格的にリフォームだよね?」
「そうネ。午前中は大会議室の長テーブルと長椅子を全て分解して、魔法袋に入れて作業場に持って行くわ」
ランスの魔法袋は、職人専用の最も大きい袋だ。ある程度分解した家具や木材を入れことが出来る。厨房の食品専用魔法袋と同じで、ドットたちが作った料理しか入らない袋のように、木材・木で作られた物しか入らないという制限がある。
「少し削って角に丸みも出してもいいわネ。そのまま長テーブルと長椅子として使うのは、キッチンと各部屋。後は全て、ベッドを二つ作るのに使うわ。それと、壁の木材の仕入れネ。今日はたぶん、そこまで」
「じゃあ、午後は外出と別棟に殆ど居るんだね」
「そうなるわネ」
ギルドに行った後は、今日はもうランスには会わないかもしれない。先程もらったミニクロワッサンはマルコに預けておくことにした。
「ロロちゃんは、今日は薬草採取でしょ?どこまで行くの?」
「そんなに遠くないの。北東地区のアトウッドさんのお屋敷」
「‥‥‥アトウッド?三ヶ月前に亡くなった、アトウッドの家?」
ランスが、目を見開いて固まっていた。
「知ってるの?そこの亡くなったご主人の庭園が手に負えなくて、息子のアルビーさんからギルドに依頼があったの」
「‥‥‥そう。前に、個人的に依頼があったわ」
「そうなんだ。広いお屋敷だよね」
ランスがアトウッド家から受けた依頼は、家具ではなかった。ロロが食べ終わるのを待っているランスは、言うべきかどうかを考えていた。
「ロロちゃん、おはよう!」
「モリーさん、おはよう!パンを買いに来たの?」
「そう、それと、生ハムを届けにね」
モリーが来たことでランスは言うのをやめた。ロロはランスをモリーに紹介した。あのカフェをリフォームした職人だと知って、あれで女性も行きやすくなったと、モリーはランスを絶賛した。
「あ、さっき食べたロールパンサンドの生ハムはモリーさんの?」
「とても美味しかったわ」
「あら、どうもありがとう。また店にも来てね」
モリーと別れ、ロロとランスはギルドへ行くためにトレイやグラスを片付けた。
ベンチから立ち上がろうとしたところで、ランスが言った。
「ロロちゃん、あなたにまだアタシのことで、話してないことがあるわ」
「そうなの?」
ロロが聞いたらどんな顔をするか。マルコですら少し驚いた顔をした。
ロロは立ち上がって、座っているランスを真っ直ぐに見た。
「私もあるから、その時に一緒に話そうよ」
「そうなの?」
「そうなの」
お互いふふっと笑ってギルドへ向かった。ランスは、いつでも話せるよう覚悟を決めた。
大扉前の案内人は、昨日と同じでジャックがいた。
「おはようございます」
随分キリッとした顔になった気がする。副代表に許してもらったとはいえ、注意されたのだ。
「おはよう、ジャックさん」
「おはよう、ジャックちゃん」
目を見開いて「ジャックちゃん‥‥‥」と呟く案内人に大扉を開けてもらい、二人は中に入った。
「リリィさん、おはよう」
「ロロさん、おはようございますぅ‥‥‥ご一緒でしたか」
「おはよう、リリィちゃん。ロロちゃんとパン屋さんでデートしてきたわ。オホホホ」
「むうぅぅ‥‥‥っ!」
バチバチとする筋肉と隠れ筋肉女子に、仲が良いなと思いながら、代表室に行ってから依頼先に行くと言った。
「マルコの貴公子スタイルが好きなの?」
「格好良い大人は、それだけで眼福」
「ぷっ!何それ!」
代表室の扉をノックすると、マルコの声で「どうぞ」と聞こえた。
ドキドキして扉を開けると、いつも通りにソファーに座るカイの後ろに、マルコがいた。
白のウイングカラーシャツに明るい青色のアスコットタイ、紺色のベストとスラックスだ。胡桃色の髪は、整髪クリームを使っているのか、癖を活かしたオールバックだ。
「貴公子降臨」
なるほど、これが、ロロとの約束。
いつもと違うマルコは確かに貴公子のようだ。キラキラした瞳のロロは、普通の恋する少女のようで微笑ましい。あのアスコットタイは、ロロの瞳の色に似ている。
ふわっと笑うマルコの前、ぶすっと座るカイに気がついた時、ランスは吹き出した。
「ふん」
ぽやーっとするロロをカイがソファーに座らせて、マルコが給湯室へ消えた。ロロが「あれ?貴公子は?」と目を覚ます。
「山へ帰った」
「山て。ん?いつの間にかソファーに」
ランスは腹を抱えて笑っていた。
「ランスさんはどうしたの?」
「放っておけ」
マルコが紅茶を運んできた。皆の紅茶を配った後で、ロロの前に片膝を付いた。
「どうぞ、お嬢様」
「アリガトウゴザイマス」
「チョコレートはいかがですか?」
「イタダキマス」
「はい、あーん」
「やめろ」
カイがロロを自分の方へ引き寄せた。マルコが文句を言いながら、ランスの隣に座った。
「貴公子ごっこは終わりだ」
「「えー」」
紅茶とチョコレートと貴公子でセットなのに、と文句を言うロロとマルコに、何だそれはとカイが呆れた顔をした。
「ロロちゃん、合格?」
「合格です」
満足したロロに、マルコもホッとしたようだった。ランスは笑い疲れて紅茶を飲んでいた。
「マルコさん、パン屋さんからミニクロワッサンもらいました。みんなで食べてって。預かってもらえますか?」
「いいよ。じゃあ、明日のランチにしようか」
「はい。たくさんあるから、ギルドのみんなにも配ってあげてください」
「何で敬語なの?」
ランスが聞くと、カイが、ロロは格好良いと思った人には敬語になる、と説明した。ランスが複雑な顔をする。
「え?じゃあ、普段のマルコもギルマスも格好良いと思われてないの?」
「「‥‥‥!」」
確かに、ゲイトやユルにはいつも敬語だ。今度はカイとマルコが複雑な顔をした。
「言ってはならないことを言ったかしら?」
「ごちそうさまでした!」
すっかり紅茶とチョコレートと貴公子を堪能したロロが、立ち上がった。防音室のディーノに挨拶に行くと、すぐに戻ってきた。
「では、お仕事に行ってきます」
「しっかりな」
「気をつけてネ」
「いってらっしゃい」
ロロは代表室を出て、残った三人は、ふうぅと息を吐いた。
「ロロちゃんのあの髪型は、可愛いけどちょっと可愛すぎじゃない?アトウッド家に若い男がいるのにさ」
こいつ何言ってるんだ?という目でカイとランスがマルコを見ながら、残りの紅茶を飲んだ。
「薬草採取で髪が邪魔にならないように考えたのよ」
「ピアスするなら、これからあんな感じに耳を出した髪型にするんじゃないか?」
ピアスホールを開けることを思い出したマルコは、急に機嫌が良くなった。飲み終えたティーカップをトレイに乗せながら、さすがにこのシャツでウロウロ出来ないから着替えようかなぁと言って、鼻歌で給湯室へ消えた。
「アレ、鬱陶しいわ」
「慣れろ」
これから、それぞれが仕事を始める。
読んでいただきありがとうございます。




