52個目
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彼女のお気に入りの砂色の上下の服は、うちの長男が着ていた服をリメイクした物だ。
王都でパン屋を開いている長男マシューは、夫に似て背が低く、若い頃は細身だったので、サイズも彼女にピッタリなようだ。色を染めたり、ポケットを増やしたり、とても器用だと思う。
その服を来た少女が店の前でウロウロしている。
「あなた、ロロちゃんがなかなか入って来ないのよ」
「ん?」
焼きたてのチーズパンを厨房から運んできた夫のダンノが、外を見る。新しいワンショルダーリュックを斜め掛けにしている。
「ギルドの副代表が言ってたけど、鞄のことは褒めてもそれ以上は聞かないようにしよう。香り袋は、お礼を言えばいい」
「そうね、わかったわ」
何か事情がありそうだが、彼女が店に来てくれるなら何でもいい。カルーネは店の扉を開けた。
「ロロちゃん、いらっしゃい。チーズパンが焼きたてよ?」
「!」
パァッと笑顔になった少女を迎え入れた。
「おはよう、ロロちゃん」
「ダンノさん、カルーネさん、おはよう! チーズパン六個ください。二個ずつに分けてもらってもいい? あと、ポテトサラダのロールパンサンドも二つくださいな」
「ふふ、ありがとう」
「それから、白パンを予約していい?‥‥‥三十個!」
「お、おぉ三十個か」
ダンノは少し驚いたが、今度の魔法鞄は前の鞄より収納出来るようだ。
「前のリュックが、その、古くなっちゃって、少ししか入らなかったので、新しい魔法鞄にしたの」
彼女は目をキョロキョロして、説明をしている。どうやらそれを考えて、店の前をウロウロしていたようだ。
「とても、素敵なリュックね!ロロちゃんによく似合うわ」
「本当?ありがとう!えへへ」
ホッとした顔で、明日の朝八時に来ると約束をして、後でいいと言ったが代金を前払いをしてきた。
香り袋のお礼を言うと「いろいろとご迷惑をおかけしまして‥‥‥」と小さい声で言っていた。
チーズパンがリュックの中に消えて行く。
嬉しそうにしていると、扉から次の客が来たので「あ、それじゃあまた明日」と手を振って行ってしまった。
「いらっしゃい、チーズパンが焼きたてですよ」
またいつもの日々が続きそうで、夫婦は安心した。
* * * * * * * * * * *
「‥‥‥は?」
「だから、ここに住むから、仮眠室リフォームして。一階を食堂からカフェにした時、頼んだ知り合いがいたでしょ?」
朝からマルコの機嫌が悪い。
今の貸部屋を解約するからギルドに住む、と言ってきた。だからリフォームしろと言うのだ。
「昨日、何かあったのか?」
「勘違いされたくないから、早く出たいんだよ」
何やら目が冷たい。
確かに他のギルドでは代表か副代表が、大きい所は職員寮まであって、ギルド内で生活しているらしいが。
「今住んでるのは南地区だったよな?‥‥‥ん?あのバインバイン通りの近くか?あぁ、バインバイン通りって言うのはな」
「そうだよ!そのバインバイン通り!アンタ、三年前ロロちゃん連れてったって?あの辺りは色街だぞ!メイナに変な下着つけさせてるのか?」
「ば、馬鹿!そんなことするか!‥‥‥ロロを連れてったのは、その、店に入りにくいから‥‥‥って、何で知ってるんだよ!」
「子供連れてくか?変態!」
変態と言われてカイはショックを受けた。あの時は、普通の女性服の店に入ったつもりだったのだ。際どい服や下着ばかりだと気付かなかった。
「知らなかったんだよ。入ってから、あれ?って思って」
「世間知らず」
「ぐうっ‥‥‥!」
カッブの香草茶を飲む。今朝はかなり個性的なお茶を出された。身体に良さそうだが、嫌がらせだろうか。
「だがな、マルコ。そもそもメイナが『下着なんて使えりゃ何でもいい』って、破れて穴が空いても何年も使い続けるんだぞ?」
「ぐうっ‥‥‥!」
扉をノックする音がした。ユルが来たのだろう。マルコが立ち上がり、カイの後ろに立った。
「確かに、妹は昔からそうだった。‥‥‥とにかく、俺がここに住めばアンタも家に帰れるでしょうに」
「はっ!そうか!すぐに考えよう。‥‥‥入れ」
ユルが入室した。カイもマルコも、話は終わったと通常通りになった。
「‥‥‥あの、話、外に聞こえてますが」
「「え」」
扉の内側の静音効果の魔法道具を見た。深紅の魔石付きリースはちゃんと付いている。
「アンタ、寝る前にちゃんと魔力を補充した?」
「‥‥‥‥‥‥忘れた。ぃぃ痛い痛い!」
マルコがカイの顳顬を後ろからグリグリした。
「ユルくん、どこから聞こえた?」
「‥‥‥あの、代表の奥様の‥‥‥」
ユルの青碧の瞳が動揺している。
盛大な溜息とともに項垂れた二人に、「頼むから、さっきのは聞かなかったことにしてくれ」と頭を下げられたユルだった。
* * * * * * * * * * *
ロロがギルドの大扉前で、再び双子の冒険者の弟ルッツに会った。
「おはよう。今日は、あの髪型じゃないのか」
ちょっと残念そうなルッツに「おはよう、まあね」と無表情で返した。昨日のことを怒っているのかと苦笑いのルッツは、魔法鞄に目を向けて「お、良いリュックだな」と言うと「そうでしょ?」と笑った。やっぱり褒めると嬉しいんだなと、ルッツは自然と頭を撫でていた。
今日はリリィ一人が受付だった。
「ロロさん!おはようございますぅ」
「リリィさん、おはよう!昨日はありがとう」
レイラが居ないので聞いてみたら、午後から来るとのことでホッとした。さすがにトムにヘアピンを頼んだのにレイラが休みだったら、トムに申し訳ないと思った。
厨房に顔を出すと、開店前の料理人たちが話し合っていた。ロロに気がついたジンが手を上げるとドットとテンが振り向いた。
「おはよう!昨日はどうもありがとう」
「「おはよう」」
「おはよう、ロロ。時間がある時でいいから、新メニューと今後のカフェの相談できるか?」
今後のカフェ?と思ったが、了解です!と敬礼した。料理人たちも敬礼した。
階段から地下へ下りて、トムの工房をノックすると、小麦色の髪と瞳の青年が出てきた。
「ロロさん、おはようございます。どうぞ」
「コイルさん、おはよう」
昨日はコイルの冷グラスを皆で使ったと言ったら、とても喜んだ。
中に入ると、くたびれたトムがテーブル席でロロを待っていた。ロロはコイルに、チーズパンとロールパンサンドを二つずつ渡しながら、トムの睡眠時間をコソッと聞いた。コイルはパンを受け取ってから、苦笑いで首を横に振った。興奮して眠れなかったらしい。
「おはようございます、トムさん」
「あぁ、ロロくん、おはよう、待っていたよ」
テーブルにはレイラ用の長いヘアピンが二本と、小さいヘアピンが十本もあった。
「こんなに作ってくれたの?」
「悪いが、キミの小さいヘアピンから実験的に作って、最後にレイラさんの二本を仕上げた」
完全にロロのは試作品でレイラのが本番。潔い言い方が寧ろ清々しい。
コイルが青い冷グラスでお茶を出してくれた。
「ありがとう。ねぇトムさん、レイラさんは午後に出勤するみたいだよ。トムさんが渡したら?」
「え?」
目を丸くして、こちらを見た。寝不足のくたびれた顔なのに、少年みたいに見えた。
「少し寝て、上のシャワー室使って、スッキリしてからね」
「ロロくんからのプレゼントじゃないのかい?」
「私はきっかけでいいよ。作ったのはトムさん。ヘアピンに小さい石が付いてるね。ギルドカラーのルビーと、こっちは二種類の石?」
「‥‥‥黒瑪瑙と煙水晶、魔除けの守り石と精神を安定する石だよ」
黒と茶色の石。黒茶色の髪と瞳のトム・メンデス。
「ここまでして、自分で渡さないでどうするの?」
「うぅ‥‥‥」
冷たいお茶を飲みながら、気持ちはわかると思った。夜中に作ると昂ぶって大抵やらかす。ロロの香り袋がそれだ。
「レイラさんが気付くかどうかだけど、手渡ししてみたら?トムさん」
「そうですよ!師匠」
丸眼鏡の下は赤くなっていた。緊張した顔で、恋する魔法道具職人はゆっくりと頷いた。
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