41個目
ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。
んん、アップルティーの香り?
「起きた?」
「あれ?‥‥‥寝ちゃったの、私?」
起き上がって、自分が代表室のソファーにいることがわかった。向かいのソファーを見るとカイが寝ている。
「ロロちゃんを運んだのはカイさんだよ。いろいろ緊張が続いてたから、安心しちゃったんだろうね」
「そっか」
「紅茶どうぞ」
「いただきます」
ブランケットを畳んで隅に置き、甘めのアップルティーを一口飲んで、ホッと息を吐いた。
マルコがロロの隣に座った。
「マルコさん、明日は受付でリリィさんかレイラさんにギルドカードの更新をお願いすればいいの?」
「そう。更新のデータを見れば、二人がロロちゃんの魔力が増えたことがわかるけど、いい?」
「うん、大丈夫」
「それから、明日の夜に皆で食事をしながら、ロロちゃんとディーノ様の話をしようと思う。こちらで決めたのは、料理長たち三人・レイラさん・リリィさん・ユルくん。これに関しては?」
「いいと思う。メリーさんにはディーノさんのこと話さないんだね」
「そのへんは後々。職人さんたちは、仕事に影響出ないようにしたいしね」
「そうだね。メイナさんは、別の日に?」
「うん、それなんだけど、明日の午後に呼べるかもしれない。魔法鞄の登録は直ぐに出来るから時間ありそうだしね。出来れば皆より先に話してやってほしい」
「わかった。私は、それでいいよ」
紅茶をまた一口飲んだ。
皆に話すのは緊張するな。でも、魔法鞄が使えなくなったことを知ってるし、秘密にしたいわけでもない。むしろオープンにしたほうが、自分もカイさんたちも気持ちがラクになるはずだ。
「今度、ゲイトさんにも話したい、ダメ?」
「‥‥‥いいと思うよ。誰かさんが嫉妬してウルサイかもしれないけど」
「誰かさんて誰だ?」
カイが目を覚まして起き上がった。
「カイさん、運んでくれてありがとう。重かった?」
「ああ‥‥‥いや、重くない。セクハラでもない」
「ふふっ、言わないって」
伸びをして、どのくらい寝たか?とマルコに聞いていた。
「三十分くらいだよ。もっと寝れば良かったのに」
「寝すぎると身体がダルくなる。そういえば、厨房で珈琲を飲んだが、苦いがスッキリしたな。マルコは飲んだことあるか?」
「飲んだよ。あれ、かなり苦くない?」
「私はよくアイスコーヒー飲んでたよ。シロップとミルク入れた冷たい珈琲」
「「アイスコーヒー!」」
「ぷっ」
声を揃えて反応する二人が可笑しくて、吹き出した。
今度作ってあげよう。自分に出来ることを考えたら、やはり皆と違う前世の記憶を役に立たせることだ。料理長たちに話すなら、料理の幅も広がる。知識が主婦の域だから、ほんの少しかもしれないが。うん、アイスコーヒー飲みたい。
ふと、何となく引っかかっていたことを思い出した。
「ねぇ、カイさんマルコさん。前世を思い出してから、あれ?って不思議に思うことがあって」
マルコはさっそく珈琲の仕入れを考えていたようで、メモをしていた。
「なんだ?」
「ガルネル中央区の街がね、前世の商店街に近いの。違和感なく過ごせるなって」
「商店の街ってこと?」
「このギルドの周りがそんな感じ。いろんなお店が集まってる商店街」
ロロは、少しずつ気になることを説明することにした。まずは、パンのこと。
「フランスパンって何種類かあるでしょ?」
「あの長いパンとかだよね?」
「バゲット・バタール・カンパーニュ、種類があるよね。ちなみに、私がよく買うのはカンパーニュと白パンです」
「あ、そう‥‥‥」
「それの、何が不思議なんだ?」
「そもそも、フランスってこの世界にある?前世では国の名前なんだよ」
「詳しく知らないが、フランス‥‥‥気になるな」
「それから、串焼きやお饅頭。私がいた日本には定番であるんだよ。だから口に合うし大好きなの」
「ロロちゃんの不思議は食べ物だけなの?」
「失礼な。他にもあります!」
むうっと膨らんだロロの頬を「ごめんごめん」とマルコがつついた。
「マルコ触るな」
「えー」
「さっきカイさんから聞いたカフスボタンの話だけど」
「無視されたな」
「無視されたね」
「この世界では、カフスボタンって名前で共通なの?」
カイもマルコもちょっと切なくなったが、続きを話すことにした。
「世界共通かは知らないけど、この国ではカフスボタンだね」
ロロは少し考えているようだった。「違うかな?どうかな?」と呟いている。
「あのね。前世では、それをカフリンクスって言うの。カフスボタンと言ってたのは日本人くらい。つまり‥‥‥」
カイとマルコが混乱している顔になっていた。
「もしかしたら、この国もしくはガルネルが出来た昔に、私と同じ転生者か転移者の日本人がいたんじゃないかな?って」
どうかな?とロロは考えを二人に聞いてみた。
「なるほど‥‥‥それは」
「あるかもしれないな」
二人は、シロが帰る前の言葉を思い出していた。
『【記憶失くしの森】とガルネルの始まりのお話をしましょう』
このガルネルの始まりに、前世の記憶持ちが関わっているのだろうか。
「あ、話変わるけど、この新しい魔法鞄は預けてもいい?」
「んん?ああ、そうだな。マルコ、明日までギルドで管理しよう」
「アンタたち切り替え早くない?‥‥‥それじゃあ、これ預かるね、ロロちゃん」
カイのデスク横の収納庫に入れられた。代表と副代表にしか開けられないようになっている。
「もう帰るのか?」
「うん、やっぱり疲れたな。明るいうちに帰る」
「下まで送るよ。カイさんちょっと行ってくる」
ロロの香り袋の件で、精肉店とパン屋に話をする必要があった。
「カイさん、今日はありがとう。また明日ね」
「ああ、気をつけてな」
代表室を出て階段でマルコが手を差し出した。
「ん?まさか、エスコート?」
「そう、どうぞお嬢様」
そっと手を添えて階段を下りた。
「ユルくんだけ狡いからね」
ああ、足の小指をぶつけた時の、アレか。
「みんな過保護すぎるのもどうかと思うよ?」
「ははっ、ゲイトさんも言ってたな。『過保護も大概にしろよ』って」
「ほら、周りからもそう見えてる」
「‥‥‥ゲイトさん、好き?」
「うん、好きだよ。みんなも好きでしょう?」
「そうだね」
一階に着いても手は離れなかった。
受付のリリィが目を丸くして見ていた。
「リリィさん、ユルくんはどうしてる?」
「今日の記録をしてると思いますぅ」
「明日は、午後からの出勤でいいからって伝えて」
「了解です。ロロさんお帰りですかぁ?」
「う、うん。明日よろしくね、リリィさん」
「お待ちしてますね!お気をつけて」
リリィの視線はずっと手に向けられていた。
そのまま大扉まで歩いていく。
おい、マルコさんや。いつまでだね?
「大扉までね」
「ひゃい」
二人の後ろ姿をリリィは面白そうに見ていた。
「あぁ、ユルさんにお伝えしなくては」
スススと事務室に移動し、中にいるユルに声をかけた。
「ユルさーん、副代表が明日は午後からでいいと言ってましたぁ」
「‥‥‥そうですか、わかりました」
やや疲れ気味のユルは、午後からならしっかり休めそうで助かる、と思った。
「いまロロさんをエスコートして大扉に行きましたよぅ」
副代表が、エスコート?
自分が彼女にしていたように?
「‥‥‥そ、そうですか」
下がってきた眼鏡の両端を、両手で押し上げて戻す。それから、パラパラと必要以上に記録帳をめくっているユルを、にやりと観察するリリィがいた。
読んでいただきありがとうございます。




