その116 素振り
そしてサニードは両開きの扉に手を掛けて、いまの彼の高いテンションを表現するかのように、バンッと勢いよく扉を開け放つ。広くなった視界の先に、壮麗な玉座に座る美しく着飾った王女ソニアが待っている……と少年を始めとした皆は想像していたのだが。
「九十八……っ、九十九……っ」
そこにいたのは、謁見の間の中央付近で木剣を素振りする女性の姿だった。長い銀色の髪は後ろで束ねられ、豪華なドレスではなく、素振りがしやすいようなラフな軽装をしている。サニードが来るまでずっとそうしていたのだろう、額からは汗が流れていた。
「ソニアっ、お前の大好きなお兄ちゃんがただいま戻ったぞ!」
扉の開いた音とサニードのその声によって、気付いたソニアはそちらへと顔を向けながら。
「お兄様ですか。少々お待ちを。いま素振りが終わりますの……で……?」
語尾が疑問形になったのは、サニードの他にも人の姿を認めたからだ。一人は分かる、何故かメイドの服装に身を包んだフーラだ。
しかし、他の四人は……? いや、彼らの顔自体は既に見知っていたし、そのうちの一人には助けられたこともある。分からないのは、どうして彼らがいまここにいるのかだった。
「ソナーさん……?」
彼らの一人が声をつぶやいた。少年だった。彼もまた語尾が疑問形だったのは、予想していた光景と違っていて、むしろある意味では彼が知っている通りの女性の姿がそこにあったからだった。
そして彼のそのつぶやきを聞いて、彼の目を丸くするような視線に気が付いて……ソニアの顔は素振りの影響とは別の紅さに徐々に染まっていき、それまでかいていた汗とは別種の汗が吹き出していた。
「~~~~っ⁉」
思わず彼女は木剣を取り落として、慌てて顔を両手で覆い隠すようにしながら謁見の間の奥へと走り出していってしまう。そこの壁にはドアがあり、バタンッと猛烈な音を立てて彼女はそのドアの向こうへと姿を消してしまった。
「そ、ソニア様っ⁉」
尋常ならざる彼女の様子にフーラもまた慌てて彼女の後を追い、謁見の間の奥にある部屋へと入っていく。
白髪の少女以外の少年達三人は、それらの様子をポカンとした顔で眺めていた。いったい何が起きたのか、状況を把握しかねている反応だった。
しかし彼らと共にいたサニードだけは相変わらずな様子であり、ソニアが取り落とした木剣の元まで近付いていくと、それを拾って、片手で持つ木剣を窓の方へと構えてみせる。
「うむ! さすが我が可愛さと強さを兼ね備えた妹だ! 私がいない間も常に鍛練を怠っていないな!」
そしてさっきまで持っていた彼女の温もりに触れようとするように、木剣に顔を近付けてすりすりと頬擦りしている。
「いやきめーよ!」
彼のその仕草に、青年が思わず声を上げた。少年と黒髪の少女もドン引きした顔になり、白髪の少女ですら無表情ながらもそっと青年の後ろへと身を隠してしまう。