その114 いつもの雰囲気
サニードは今度はハオへと目を向ける。サニードの顔にはいままでのハイテンションさはなく、まさに一国の王子と呼ぶに相応しい風格がまとわれていた。
「だがハオにもまた男としての意地がある。いくら相手が少女とて、蹴られたままでは収まりがつかないのだろう」
「…………、てめえ……」
いままでと明らかに違う真面目な雰囲気のサニードに、ハオは一瞬気圧されてしまう。いままでがハイテンションで半ばふざけたような言動と行動だっただけに、そのあまりのギャップに驚いてしまっていた。
「フーラの優しさとハオの意地。両者ともに正義であり、どちらも譲らぬことが出来ぬというのであれば」
サニードはハオへと言う。さっき言ったことと全く同じ言葉を。
「殴るなら私を殴れ」
威風堂々としたサニードの言葉に、ハオは無言で見据え返すだけだった。
ハオにはもう気圧された油断はない。あるのは、相手を真っ直ぐに見る視線、そして外面には表出されない内面の変化だった。
やがてハオは拳を解いて、アホらしいとでも言いたげに緊迫した空気を解いた。
「……やめだやめだ。なんで俺がこんな馬鹿王子なんか殴らなきゃなんねーんだよ」
肩をすくめて、青年はサニードを追い越して廊下を歩いていく。その背中にサニードが声を掛ける。
「待て。それで君の意地は許されるのか? 足を蹴られたのだろう?」
青年は振り返って、もう興味をなくしたような顔つきで答えた。
「……大人げないことに、元はといえばそこのメイドさんをナンパした俺が悪いんだしな。確かにアスには怒ったが、だからって他の誰かに八つ当たりするほど俺は馬鹿じゃねえ。てめーの馬鹿な提案のせいで、頭に上ってた血も下がっちまったしよ」
「……ハオ。君は……」
何か言おうとするサニードを遮るように、青年は腕を伸ばして人差し指を差し向ける。その先端は白髪の少女へと向いていた。
「だがなアス、やっぱりすぐに暴力に訴えるのは駄目だぜ。罰として、後で何か奢れ。ジュースでも駄菓子でもいいからよ」
「…………」
突き付けられた指と条件に、白髪の少女は無言で返す。何も言い返さないこと……無言こそが彼女の承諾と了解であり、これらのやり取りが彼ら二人の和解に違いなかった。
そして白髪の少女もまたサニードを追い越して、青年の隣へと並び立つ。どういうことが起きているのか分かっていないと思われるサニードとフーラに、少年が言葉短かに説明した。
「和解したみたいです。ハオさんとアスさん」
「……ケイどのには分かるのか?」
問うてくるサニードにケイは曖昧な笑みを返した。
「あはは、多分ですけどね。二人とは最近出会ったばかりですけど、なんというかいつもの雰囲気に戻りましたから」
「…………」