その109 見られていたような
「む、早く来い皆の者!」
振り返るサニードの声に、黒髪の少女もまた少年達につぶやいた。
「……行きましょうか」
「……そうだね」
少年が応じて、彼らは順次馬車を降りてサニードのあとをついていく。背後ではフードの人物が馬車を馬車置き場へと移動させていっていた。
「…………?」
そのフードの人物をチラリと黒髪の少女は見やる。そんな彼女に気付いて、少年が声をかけた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、何となく見られていたような気がしたので……」
「……それって……」
少年はもしかしてと思う。サニードやフードの人物には聞こえないように、小さな声で。
「……もしかして、サキさんのことに気付いたのかもしれないってこと?」
「…………」
だとすれば、後々面倒なことになるかもしれない、早めにこの場を離れた方がいいだろう。
しかし黒髪の少女は早計による断定を避けるように、自身の考えを述べた。やはり他の者には聞こえないように小さな声で。
「……分かりません……ですが、だとすれば大騒ぎするはずです。いつもそうでしたから」
「…………」
「……とにかく、様子を見ておきましょう。気付いていなくて、無事に終わるのならそれに越したことはありませんし」
「……そうだね」
小声で話していたからか歩みが遅くなっていた二人に、先にいた青年が声をかけた。
「二人とも、遅れんなよ。このうっせえ野郎にどやされるぞ」
「む、うっせえ野郎だと⁉ 誰だ⁉ そんな不敬を働く無礼者は⁉」
「お前だよお前!」
「何だ私か! 案ずるな! 私は少し遅れたくらいで文句は言わん!」
「さっき俺達を急かしてただろうが!」
「そうだったか⁉ わっはっはっ!」
「……うぜー」
まるで本当に昔からの友人のように会話する青年とサニードを見て、少年と黒髪の少女は顔を見合わせて苦笑した。
「行こうか」
「はい」
二人は小走りで三人の元まで行き、そして先頭を歩くサニードの案内の元、王宮内へと向かうのだった。
王宮内に足を踏み入れてすぐ、入口のそばに控えていた女性が恭しく声を掛けてくる。
「お帰りなさいませ、サニード様。奥でソニア様がお待ちでございます」
ウェーブがかった茶髪の女性であり、メイド服を身に着ている。年齢は二十代前半くらいだろうか、どことなく子供っぽさが残る人の良さそうな顔立ちをしていた。
サニードは大仰なリアクションをして、声を上げる。
「何⁉ 我が愛しの妹が待っているだと⁉ こうしてはおれん! すぐさま駆けつけなければ!」
「おい待て」
「ぐふっ⁉」
急いで王宮の廊下を駆け出していこうとしたサニードの後ろ襟を、ハオは掴んで引き止める。勢い余ったせいでごほごほと咳をしながら、サニードがハオに言った。
「いきなり何をする心の友よ! 我が可愛い妹への道行きを邪魔してくれるな!」
「てめーが俺達を案内するって言ったんだろうが。主人が客人をほったらかすんじゃねえ」
「む、確かに! それもそうだな! 私としたことがうっかりしていた! わっはっはっ!」
「……まったく……」