その96 懐古という感情
玄関に出たのは高齢の老人だった。聖職者だった時の名残か、身に付けている衣服は質素なものであり、その上にやや薄汚れた白いローブを羽織っている。
現司祭長から大まかな連絡と事情を聞いているようで、彼は青年達の姿を見るや何も聞かずに玄関ドアを大きく開いて、彼らを招き入れた。
「何も聞かないんだな、俺達のこと」
意外だという顔つきで逆に青年が尋ねると、老人はシワだらけの顔とつぶらな瞳を彼に向けてうなずくだけだ。そして老人は背を向けて室内へと戻っていく、青年達四人を中に案内するように。
「…………」
まるで森の妖精でも見たような顔つきで、青年は少年達三人に肩をすくめて見せた。彼としては、驚かれたり畏怖されたり、もっと別の反応を示されると思っていたからだった。
そして彼らは老人の家へと入り、広くはないリビングに案内される。小さなテーブルの前に座る彼らに、老人はそれぞれのお茶を差し出していく。
「……どうぞ。粗茶ですが……」
そこで初めて老人は口を開いた。発せられたその声はヨボヨボであり、いまにも倒れて突然死してもおかしくないような印象を持ってしまうほどだ。
「ふうん、割と来客はあるみたいだな。四人分のコップ、もといお茶碗があるってこたあ」
この家は先程の修道会から歩いて来れる距離にある。おそらくはあの司祭長や知り合いの修道士達が訪れるのだろう。
青年の推測は当たっていたらしく、老人は静かにうなずいた。その首は枯れ木のように老いを感じさせるものであり、簡単に折れてしまいそうな程に弱々しく見えた。
「……ふぉっふぉっ、こんな老いぼれにも来る客はあるみたいでな。今日はまた、世にも珍しい客が来てくれたみたいだしの」
それは青年達四人のことを言っていた。二人のチート能力者に、かつて出会った呪いの一族の末裔……老人にとってはこれ以上ないくらいには奇妙な客であろう。
老人はフードをかぶった黒髪の少女へと目を向ける。シワだらけの顔と白く長い眉毛に埋もれた、まるで小動物のようなその瞳に、彼女は緊張してしまう。
睨んでいるわけではない。見定めているわけでもない。畏怖しているわけでは決して、ない。
ただ見ている。見つめるだけの視線。
強いてその瞳に意味を求めるならば、懐古という感情が当てはまるかもしれない。昔を懐かしむ思い、かつての旧友の血縁者に出会えたという感情が、そこには垣間見えた。
「……ゼントのお孫さんと、その旅の仲間達……お名前を伺ってもよろしいかな?」
「司祭長から通信が行っているはずだが、聞いてないのか?」
問い返した青年に、老人は子供のような笑みを返す。くしゃくしゃになるその顔は、慈愛や優しさをにじませるくらい人懐こく見えた。
「聞いています。しかし貴方達の口から直に聞きたいのですよ。老い先短いこの人生、その末端の記憶に刻みたいのでな」
「「「…………」」」