その95 煉瓦造りのアパートメント
サキがつぶやく。
「……ジャックというあの人は、最初からわたしを狙っていた……ということですね」
「そうだ。おそらくジャセイの仲間達は分担して王都を見回っていて、そしてジャックに見つかった……ってところだろうな。いままで王都で起きていた通り魔事件は、奴が自分の力を試す為にやってたんだろう」
少年が声に焦りをにじませて言う。
「やばくないですか? ジャセイの仲間にもう見つかっているのなら、これからどんどん襲ってくるはずです。昨日は一人だったからなんとかなったけど、もし何人も来られたら……」
「いや、多分だが、他のジャセイの仲間達には知られていないと思うぜ」
「「え……?」」
疑問の声を漏らすケイとサキに青年は続ける。
「あくまで推測だが、ジャックは他の仲間には報告せずに、独断専行して襲ってきたんだろう。だから昨日のあれから、いままでさらなる襲撃がないまま俺達はこうして平和に道を歩けているんだからな」
「「な、なるほど……」」
「とはいえ、ジャックが戻ってこないこと、ジャックに何かあったことに奴らも気付いている筈だ。ってことは、いずれは俺達、黒髪ちゃんが既に王都に到着していることにも気付くだろう」
「「……っ」」
青年は自分の身体の前に手を上げて、人差し指と中指を立てた。いわゆるピースサインとも呼ばれているポーズだ。
「だとすると、俺達に出来る対策は概ね二つだ」
まず中指を下ろして人差し指だけを立てたままにする。
「一つ目は、奴らから逃げること。奴らの目を何とかして掻い潜りながら情報を集めて、それが終わったらとっととこの街から姿を消すことだ」
命を狙う者達から逃げ続けること……それは黒髪の少女がいままでやってきたことであり、慣れていることでもあった。……あくまで自分一人だった時の話だが。
青年は次に中指も上げて元のピースサインにする。
「そして二つ目は、奴らを迎え撃つことだ」
その言葉にサキとケイが息を飲む。青年は続ける。
「昨日のジャックと同じように、襲ってきた奴らを返り討ちにしていくわけだ。俺としては、こっちの方が俺の性に合ってるがな。迎撃して倒していって、ジャセイと同じように封印していけば、少なくともそいつらからの脅威はなくなるわけだからな」
「「…………」」
「もちろんこれはあくまで俺の意見で、黒髪ちゃんには黒髪ちゃんの意見があるだろう。逃げるか戦うか、それを決めるのは……」
そこで青年は立ち止まる。目の前にはどこにでもあるような、至って普通の煉瓦造りのアパートメントがあった。周りには同じような家屋がいくつも並んでいる。
「この元司祭長の家で話を聞いてからでいいだろ。いまはとりあえず、当座の目的を遂行しようじゃねえか」
そして青年は三人の見つめる中、そのアパートメントのドアノッカーを叩いていった。