その92 徒歩で行ける範囲内
何を言ったとしても、黒髪の少女は自分達の目的を果たすまでは歩みを止めないだろう……少年にはそれが分かってしまったから。
だから、彼は彼女の思いを尊重することにした。
「……分かったよ、サキさん。サキさんの言う通りにしよう……」
「……ありがとうございます、ケイさん」
二人のやり取りを見ていた青年が、その顔を司祭長へと向ける。青年からは先程の思案ありげな顔つきは消え、本来の目的を思い出した目つきだった。
「司祭長のおっさん、さっきの話の続きだ。元司祭長の隠居場所を教えてくれ。いまの二人の会話の通り、俺達は俺達の目的をやり遂げなくちゃならねえ」
彼らの確固たる意志を悟った司祭長は、青年の言葉にうなずいた。
「分かりました、教えましょう。元司祭長様のいまお住まいの場所は……」
そこはここから少し離れてはいたが、徒歩で行ける範囲内にあった。
元司祭長の隠居場所を聞き出した四人は、早速そこへと向かおうとする。修道長と司祭長にしばしの別れを告げてから、青年は足早に部屋を出ようとする。
司祭長が呼び止めるように言った。
「私も一緒に行きましょう。元司祭長様にご紹介出来るように」
その司祭長に青年は問いを返す。
「元司祭長の家に、それと同じような通信魔法具はあんのか?」
「ええ、ありますが……」
「ならそれで俺達が向かうことを伝えといてくれ。あんたにもここでやるべきことがたくさんあるだろうしな。つーか、さっきのあんたへの証明とやらも、ノドルの修道会のおっさんに通信しとけば一発だったな」
「……そうですね、うっかり失念していました」
しかしだからこそ、司祭長は自らの目で真実を見ることが出来たともいえるだろう。
司祭長は続けて言う。
「ならば、せめて入口までお見送りを……」
だが青年は軽く手を振り返しながら言った。
「それも大丈夫だ。おっさん達には積もる話もあるだろうしな」
「…………、もし何かあれば、いつでも修道会を頼ってください。私達に出来ることであれば……」
「分かった分かった。んじゃあな」
そう言って青年はさっさと部屋から出ていってしまう。白髪の少女がそれに続き、ケイとサキもまた司祭長と修道長に頭を下げながらお礼の言葉を言うと、二人の後を追って部屋を出ていった。
後に残された室内に瞬間的に静寂が漂い、それから箱の向こうから修道長の声が聞こえてくる。
『……行ってしまわれましたか……』
「……ええ……彼らに聖なるご加護があることを祈りましょう……」