その89 もし昨日の時点で
箱の向こうの声が続けていた。
『こうして本日通信したのは他でもない、司祭長様にお伝えしたいことがあったからです。実は……』
修道長が言う前に、先回りして司祭長がそれを告げる。
「……ジャセイの件、でしょう?」
『……っ……⁉ ご存じだったのですか……⁉』
「先程、事情を知りました。サキさんのサトリによって……」
『……⁉ ならば、いまそこに彼らが……⁉』
「ええ、います」
修道長の驚きはとても大きかった。それに対して少年は僅かに不思議に思う……確かにびっくりはするかもしれないけど、昨日別れたばかりなのだから少し驚きすぎなんじゃないかと。
「ですので、貴方からの説明の手間はいりません。むしろ、貴方は彼らと話したいのではありませんか? 昨日別れたばかりとはいえ、懐かしいでしょう?」
『…………』
しかし、何故か修道長は一瞬押し黙ってしまう。それから考え事があるように、重々しく言ってきた。
『……確かに、彼らに伝えるべきことがあります。ですが、その前に、まずは謝罪させてください』
「……ジャセイの件でしたら、貴方の後悔の念は充分理解しているつもりです。ジャセイは非道でした、貴方だけを責めるわけにはいかないでしょう、私も貴方の立場であれば同じことをしていたと思います」
『……お言葉、ありがとうございます。しかし、それだけではないのです』
「……? 何のことですか……?」
サトリで見た内容では、それ以上に謝罪すべき内容があっただろうか……? 司祭長は考えを巡らせるが、思い当たる事柄は見つからなかった。
それは少年達も同じで、ケイとサキとハオは顔を見交わす。不思議に思う彼らをよそに、修道長は話を続けた。
『……本来なら昨日のうちに、このことを司祭長様に伝えるべきだったのです。それが遅れてしまい、誠に申し訳ありません』
「……そのことでしたか……」
確かに、修道長が謝りたい気持ちは分かった。もし昨日の時点で話を聞いていれば、あるいは先程のような彼らとの証明のやり取りをする必要はなかっただろう。
あのような面倒なことをせずとも、もっとスムーズに物事は進んでいた筈だ。とはいえ、司祭長は修道長を慮った言葉を掛ける。
「確かに昨日のうちに聞いておきたい気持ちはあります……しかし、貴方にも色々と大変なことがあったのではないですか? 街の人々への説明や、奴隷にされていた人々への補償、他にもたくさんやるべきことが……」
『……っ……司祭長様の仰る通りです……』
「ならば……」
だが修道長は司祭長の声を遮るように、自身の身に起きたことを告げる。その声は非常に心苦しい気持ちに満たされていた。
『……それだけではないのです……実は、私は昨日、とある者達に襲撃されたのです……』
「……⁉ 何ですと……⁉」「「「……⁉」」」
修道長の言葉に、司祭長が驚きの声を出し、ケイとサキとハオも驚きの顔を浮かべた。