その76 二階建ての一軒家
金髪の少女が王都から姿を消した時から、時間と場所はしばし移り変わる。時間はいくらか前、場所はある御者の家にて。
「いやあしかし助かったぜ、おっさんの家に泊めてくれるなんてよ。メシもうめえし言うことなしだ」
元気よく言ったのは青年……ハオだ。彼は椀に盛られたご飯とおかずを頬張りながら上機嫌だった。
「喜んでもらえて私も嬉しいです」
「夫が斬り裂き魔に襲われたと聞いた時は驚きましたが……夫を助けていただいたようで、本当にありがとうございます」
答えたのは御者とその奥さんだ。二人が住んでいるのは二階建ての一軒家であり、そこに少年……ケイ達四人を泊めてくれるとのことだった。サキは依然としてフードをかぶったままだったが、二人は特に何も言ってはこなかった。
あるいは何かを察して、しかし助けてくれた人達だからと信じたのかもしれない。
「いえ……お礼を言うのはわたし達のほうです。泊めていただいて本当にありがとうございます。ね、ケイさん」
「うん。本当にありがとうございます」
黒髪の少女と少年……サキとケイが頭を下げながら礼を述べる。白髪の少女……アスもまた言葉こそ発してはいなかったが、こくりと小さく頭を下げていた。
彼らはいま御者夫婦とともに夕飯を食べていた。ダイニングのテーブルでは椅子が足りなかったので、リビングの丸テーブルで床に座りながらの食事だったが。
またその丸テーブルの上には所狭しと料理の皿が並べられていた。箸は四人分しかなかったので、ハオとケイがフォークを使っていた。
奥さんが口を開く。
「そう言ってもらえるとこちらとしても嬉しいです。でも箸が足りなくてごめんなさいね、四人家族だったものだから」
「いいってことよ。ここまでしてもらってんだ。箸の一つや二つくらい、フォークで我慢出来らあ。なあ少年」
ハオの言葉にケイも応じる。
「はい」
「御者のおっさんと奥さんにこれ以上気を遣わせるわけにはいかねえからな。俺達ならフォークで充分食えるしな」
「そうですね」
とはいえ御者夫婦はフォークでも食べづらくならないようにパスタや、あるいは刺して食べられる料理を作っていたようだが。
そんな彼らの様子を見て、奥さんが微笑ましい顔つきで言う。
「まるで息子達が帰ってきたみたいだわ。これらの食器を使うのも久しぶりねえ」
「息子さんがいらしたんですね」
応じたサキに奥さんはうなずきを返す。
「ええ。二人いたんですけど、いまはもう独り立ちして、それぞれ仕事に勤しんでいるようです。そのせいで結婚がまだみたいですけどね」
「…………」
奥さんはアスへと笑顔を向けながら。
「もし孫がいたら、アスさんと同じくらいの年頃だと思います。そのせいか、何だか可愛くなってしまって……アスさん、おかわりはありますか?」
「…………」
アスは無言のままだったが、空になったグラスを差し出した。奥さんは嬉しそうにジュースを注いでいき、受け取ったアスが小さく首を縦に振る。お礼のつもりだろう。