その73 いまの自分に出来るのは
思わずイブは引き戸へと振り返る。
(通り魔、宿屋がない……間違いない、サキ達のことだわ……っ!)
男達はいまの話の客こそが、イブの探している仲間達だとは知らない。両者には関係がないと思っていたからこそ……イブに聞くことが出来た。
(そのホッソって人の家にサキ達が……っ!)
イブは思わず引き戸へと手を掛ける。いますぐにでも開けて彼らの居場所を聞きたい気持ちに駆られたが……すんでのところで思い留まった。
(……駄目……これも多分聞けない……さっき御者のことを教えてくれなかったんだから、その人の家の場所なんて教えてくれるわけがない……っ)
家の住所は重要な個人情報に該当する。シスターということ以外は素性の知れない人物に、そんなことを言うわけがないと彼女は判断する。
もし無理に聞き出そうとして怪しまれては元も子もないのだ。イブは触れていた引き戸から静かに、本当に悔しい気持ちを抱きながら、ゆっくりと手を離していく。
(……でも……手掛かりは掴めた……何とかあたしだけでその場所まで行ければ……)
重要な手掛かりは手に入れた。問題は、その場所を特定することが極めて難しいということだ。
(考えるのよ……その御者の家を見つける方法を……)
それさえ分かれば、彼女は彼らに再会することが出来る。後もう少しのところまで、手が届きかけている。
しかしこれだけの手掛かりでは、まだ難しい。さらなる情報を得る為に、イブは引き戸の向こうへと聞き耳を立てる。……が、営業終了の準備をし始めているのか、作業する音は聞こえてくるが肝心の話は聞こえてこなかった。
(何でもいいの……何か情報を話して……)
だがイブの思いも空しく、建物の明かりが順次消えていく。未だに灯っているのはバックヤードの方だと思われる場所だけだった。
(……そんな……)
彼女の身に再び悲嘆の気持ちが押し寄せてくる。新たな情報は得られていない。このままではサキ達の身が危険に曝されてしまうかもしれない。
(……どうしよう……)
イブは暗い地面に視線を落とす。街灯の明かりが作り出す自分の影が伸びている。それはまるで彼女を飲み込もうとする怪物にも見えた。
(……とにかく、考えないと……その御者の家を見つける方法を……何とかして……)
手をぎゅっと握りながらイブは考える。精一杯に。いまの自分に出来るのはそれだけなのだから。そこでふと彼女に閃きが走った。
(……待って……あの人達はその御者がサキ達を自宅に泊まらせたことを知っていた……ってことは、一度ここに戻って話したってこと……サキ達を連れて? それとも自宅に届けてから?)