その71 目的の建物
また店員は、馬車組合はまだギリギリ営業している時間であり、いまなら近場への移動を引き受けてくれるとも教えてくれた。
(まあ、馬車を利用するわけじゃないけど……でも御者に話を聞くことは出来るわね……)
そうすれば、ようやくサキ達の向かった場所を特定することが出来る。ようやくのことで。自分の街を飛び出してから、ここまで長かった。
(あ、そっか、聞いた御者にサキのところまで送ってもらえばいいのか……)
魔法具の街灯が照らす夜道を歩きながらイブは思い至る。気付くのが遅れたのは、もしかしたら昼間からいままでの疲れのせいかもしれない。
(あまり実感はないけど、やっぱり疲れてるみたいね、あたし。でも、休むのは後、とにかくサキ達を見つけるのが先決……)
そんなことを考えながら歩を進めていき、そしてイブはようやくのことで目的の建物を発見する。頭上の看板には『馬車組合』の文字。営業中を示す明かりも確かに点いている。
発見出来たことに僅かな興奮を覚えながらも、イブは息を整えてからその組合の引き戸を開けて中へと入っていく。
「らっしゃせー」
入口すぐのカウンターから声が掛かる。疲れが溜まっているらしい伸びた声だった。イブはそのカウンターへと向かい、頬杖を突きながら新聞の夕刊を読んでいた中年の男に言う。
「聞きたいことがあるんですけど……」
「あいよ、何だい? 料金? 営業時間? 到着時間ならケースバイケースで断言は出来ないよ」
新聞を横に起きながら男が答える。眠いのか、欠伸を一つしていた。
「違うわ。あたしの仲間が昼間、この組合の馬車を利用した筈なんだけど、その御者っていまいる?」
「……へえ……お仲間さんがねえ……」
ジロリと、男の目付きに警戒心が宿る。利用客や組合員のことを聞き出そうとしているのだ、至極当たり前の反応かもしれない。
イブは小さくうなずきながら。
「ええ。見て分かる通り、あたしは修道会のシスターなんだけど……」
見習いであることはこの際言わなくてもいいだろう。さっき宿屋で言ったのと同じような理由を口にしようとした時、しかし男は手のひらを出してその言葉を遮った。
「待った。あんたがシスターだってのは見りゃ分かる。でもね、だからといって客や御者のことを話すわけにはいかないんだ」
……っ。
「馬車ってのは色んな客を乗せるからか、厄介なトラブルも割と多くてね。悪いけど、規則なんだ」
どうやらこの男は先程の宿屋の者よりも警戒心が強いらしい。男の言っていることはもっともでもある……が……。
「……どうしても、駄目? 仲間の一人が財布を落としたみたいで、どこを探しても見つからないから、もしかしたらその御者なら知ってるかもって聞きに来たんだけど……」
イブは一度食い下がって、そう言う。しかし男は首を横に振った。