その70 もう少し
馬車組合の場所はすぐには分からなかった。時刻はもう既に夜であり、辺りも暗く、イブは現在の王都の地理に詳しくないからだ。
だが自分が住む街のそれと同じようなものならば、組合の建物には看板が掛かっていると予想した。人通りも少なく、またこんな夜中の道端で場所を尋ねたとしても、不審者だと思われてしまうかもしれない。
だからか、イブはなるべく道端で誰かに尋ねるのは控えるべきだと考えた。尋ねるのなら宿屋など夜間でも営業している店の店員だと。
(……とはいっても、本当に仕方のない場合は道にいる誰かに聞く必要があるかもだけど……)
だとしても、それは本当に他に方法がない時にしようと思った。とにかくいまは自力で馬車組合を探すしかないと。
そうやって先程宿屋で聞いた場所の近くにやってくると、イブは駆け足から歩きへと速度を緩めて、辺りの建物の看板を窺いながら進んでいく。
(……肉屋、魚屋、雑貨屋……それに惣菜屋にパン屋……)
通りに軒を並べているのは各種の店々。しかし一向に目的である馬車組合は見えてこない。
と、そこで少し先に明かりの灯っている建物を見つけて、慌ててイブはそこへと駆け寄っていく。ようやく見つけたのかと。
(……ネマー店……)
それはネマーと呼ばれる料理を専門的に提供している店だった。麺料理に属する食べ物であり、コシのある麺やコクのあるスープ、豚肉やゆで玉子などの具材が特徴の品だ。
(…………)
探していた馬車組合でなかった為、イブは心中で落胆してしまう。表面にこそ出さなかったが、その雰囲気には元気がなくなっていた。
(……落ち込んでても仕方ない……それにこれはチャンスよ。馬車組合がどこかって聞くチャンス)
こんな夜中に営業している店は多くない。宿屋や一部の飲食店、あとは水商売などの夜の店くらいだろう。
だからこそ、イブはいま目の前にある結果に落ち込んでいるだけではなく、それをチャンスに変えようと思った。馬車組合は確かにこの近くにあるのだ、このネマー店の店員なら詳しい場所を知っているだろう。
気を取り直したイブはその店の引き戸を開けて、中へと入る。数分後、再び引き戸を開けて外に出てきた彼女は、店内に頭を下げながら引き戸を閉めた。
(……もう少し進んだ先だったのね。馬車組合は)
ネマー店の店員は気の良い人物であり、イブの質問に快く答えてくれた。それによると、この店からもう少し進んだ先であり、彼女の予想通り建物には看板が掛かっているからすぐに分かる筈とのことだった。