その六十八 来ていない
カウンターの引き出しから一枚の紙片を取り出して、宿屋の主人はそこに近くの通りや宿屋の位置、目印となる建物など、簡単な地図を描いていく。そうしながら、間をつなげるように彼は金髪の少女に聞いた。
「そういえば、通信魔法や通信魔法具はないのですか?」
「あいにく通信魔法は覚えてないし、通信魔法具も持ってないのよ。修道士見習いだから、治癒魔法はそれなりにできるんだけどね」
「そうでしたか」
「こういうときのために、簡単なやつでもいいから一応覚えておくべきかもね」
「ははは、そうかもですね」
肩をすくめる金髪の少女に、宿屋の主人も笑いを浮かべる。そして地図を描き終わった彼は、彼女にその地図を渡した。
「はい、これがその地図です。おそらくそれらのどこかには、お仲間さんがいると思いますが……」
「ありがとう」
お礼を告げて、金髪の少女は宿屋の入り口へと踵を返す。
「もし何か御用がありましたら、また気軽にお越しください。当宿屋はいつでもお客様のご来店をお待ちしております」
背後で宿屋の主人がそう頭を下げて言うのを聞きながら、金髪の少女はその宿屋を後にした。
それから金髪の少女は宿屋の主人に渡された簡単な地図を見ながら他の宿屋に足を運んでいくが、次に向かった宿屋ではケイたち四人は来たことには来たものの、最初の宿屋と同じく満室だったため残念がりながら去っていったらしい。
またそのとき彼らは次の宿屋に向かってみると話していたとのことだった。
しかし三つ目以降の宿屋に話を聞いてみると、そもそも彼らはその宿屋には来ていないとのことだった。
(どういうこと? サキたちはどこに行ったの?)
藁にもすがる思いで最後に向かった宿屋でも、やはり少年たちは来ていないとのことで、カウンターの向こうの女主人が首を横に振りながら話すのを聞きながら、金髪の少女の頭のなかには疑問が渦巻いていた。
二つ目の宿屋までは確かに少年たちの姿は目撃されている。しかしそれ以降、彼らの足取りはぷつりと途切れてしまっているのだ。
(最初の宿屋の主人は三つ目以降の宿屋のことも地図に描いて渡したって言ってたから、宿屋の場所が分からないってことはない、はず……)
宿屋を出ながら金髪の少女は考えていたが、そのとき、はたと、少年が以前夜のノドルの街で道に迷ったことを思い出す。
(まさか、道に迷った……⁉)
しかしすぐに思い直して、宿屋の入口の外で立ち止まった彼女は首を横に振った。
(いや、それはないわね。サキやアスちゃんたちも一緒にいるし、そもそもサキのサトリの力を使えば、道に迷うことなんて絶対にないはずなんだから)
黒髪の少女のサトリはあらゆる情報を知ることができる。その力を使えば、街のなかの全ての宿屋の場所を知ることなど造作もないのだから。
(ということは、考えられる可能性としては……二つ目の宿屋を出てから地図に描かれている宿屋とは別の場所に向かったか、なにかしらのトラブルや理由があって宿屋に行けなくなったか……あとは、ないとは思うけど本当に道に迷って、サキのサトリの力も使えなくなっているか……)
それぞれの可能性を一つ一つ検討してみるが、二つ目と三つ目についてはおそらくないか、もしくは極めて低い可能性だということにすぐに気付く。