その六十七 記帳されていない
(サキは本名を言わないだろうから……)
黒髪の少女は自身がサトリであることを知られる可能性を恐れて、ここで本名を明かしたりはしないだろう。そう判断して、金髪の少女はそれぞれの名前を言った。
「ケイとアスちゃんと、サツキだけど……」
もしこれで、何かしら特別な理由があって黒髪の少女が代表してチェックインしていて、なおかつ金髪の少女が適当に言った偽名とは別の名前を使っていた場合は……ついうっかり名前を間違えてしまったと言えばいい。金髪の少女はそう頭を巡らせる。
だが彼女から仲間の名前を聞いた宿屋の主人は、その後も帳簿のページを行ったり来たりさせたあと、困ったように顔を上げた。
「申し訳ありませんが、仰られた名前はないようです」
「え……?」
「もしかしたらお仲間さんは他の宿屋に向かったのでは?」
「……」
名前が記帳されていない。そのことに金髪の少女は少なからず困惑していた。
……ここが門から一番近い宿ってことだったからここだと思ったけど、他の近い宿に行ったってこと?
……それとも本当はここにいて、なにかの事情で偽名を使ってるってことも……いえ、サキ以外が偽名を使う理由が思いつかないし、断定はできないけど、たぶん違うと思う……。
……ってことは、やっぱり別の宿屋に行ったってことに……。
無言のまま思案している金髪の少女に、宿屋の主人も困り顔をしていたが、そこでふと彼は思い出したというように、あ、と声を出した。
どうしたのかと宿屋の主人に視線を向ける金髪の少女に、彼は言う。
「いま思い出しましたが、そういえば確か数時間前に、部屋が満室だったので宿泊を断ってしまった方々がいたのですが、それがあなたの仰っていた四人組の冒険者の方々でした」
「え……⁉」
「背の高い男の人と、中背くらいの少年と、白い髪の小さな女の子と、それと外套のフードをかぶった方々ですよね?」
「……! ええ、そうよ!」
「やっぱり!」
我が事のように顔を明るくさせる宿屋の主人に、金髪の少女は勢い込んで尋ねた。
「それで、どこに行くって言ってた?」
「どこに行こうか困っているみたいでしたので、私が近くに別の宿があることを伝えると、そちらに行くと言っていました」
「それはどこ?」
「ええとですね……この宿の目の前の通りを右にずっと進んで、十字路に当たったら左に曲がって少し進んだところにある宿です」
「ありがとう、さっそく行ってみるわ!」
急いで背を向けて宿屋の入り口へと向かおうとする金髪の少女に、宿屋の主人が慌てて言う。
「ちょっとお待ちください!」
振り返る彼女に、彼は続けた。
「もしそこも満室だったときのために、他にもいくつか紹介したので、それもお教えしておかないと……」
「いくつ?」
「三、四か所ほどだったと思います。お仲間さんにも簡単な地図を描いて渡しましたが、迷わないように、一応簡単な地図を描きましょう」
「ありがとう、お願いするわ」