その六十六 質問の内容
もう夜も遅い時刻だからだろうか、宿屋のロビーに併設されている談話室には宿泊客の姿は見えなかった。おそらく誰もが自室で過ごしているのだろう。
そのせいもあってか、宿の受付にも人の姿が見えない。しかしその奥のほうのバックヤードからは話し声が聞こえてくるので、従業員たちはそこで仕事をしているのだろう。
金髪の少女は受付まで向かうと、そのカウンターに置かれていた小さなベルを鳴らす。チリンチリンと室内にその高い音が響いて、奥のバックヤードから、気が付いたらしい中年の男が顔を覗かせた。
「あ、これは失礼致しました。いらっしゃいませ、当宿屋へようこそ。お一人様ですね。それなら……」
「すみません、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
質問の内容は考えていた。
黒髪の少女はサトリであり、各地のギルドなどに似顔絵が貼られていることもあって、知っている者は多い。もし少年たちが宿を取る場合、黒髪の少女はそのことを配慮して、フードをかぶるなどのことをして顔を隠している可能性が高い。
またそもそも、ここにサトリが来たか、などと直接的に尋ねるのは憚られた。
だからこそ、聞く内容としては……。
「ここに四人組の男女の冒険者が来なかった? いまから何時間か前くらいに」
「冒険者ですか……失礼ですが、あなたは? 見たところシスターさんのようですが」
宿屋の主人と思われるその中年の男が少しだけ警戒したような様子になる。
宿泊業を営んでいる以上、無闇に客の情報を誰かに言うのは、店や自分の信用に関わるのだろう。加えて、余計なトラブルを起こしたり巻き込まれたりするのが嫌だというのもあるかもしれない。
金髪の少女としても、ここで変に疑われて官憲に通報されても困ることになる。彼女は怪しまれないように、考えていた返答を言った。
「ええ、あたしは修道会に所属しているんだけど、いまは事情があってその四人組の冒険者と一緒に旅をしているの」
「はあ」
「で、この王都に来たときに、あたしはシスターだからここの修道会に顔を出す必要があって、みんなはその間に近くの宿屋にチェックインして、あとで合流しようってことになったわけ」
「そういうことでしたか。それでは調べますので、お仲間さんの名前を仰ってください」
納得した様子の宿屋の主人が、背後の棚に置いていた帳簿を取り出す。金髪の少女は答えた。
「代表者ってことなら、たぶんハオって名前でチェックインしてると思うんだけど。あいつがリーダーだし。それとも全員の名前を言ったほうがいい?」
「いえ、うちはパーティーの宿泊の場合は、代表者の方一人の名前で記帳していますので」
カウンターの上に帳簿を置いて、ページを繰りながらそう言う宿屋の主人だったが、一通り見たあとで首を傾げる。
「あれ? ハオさんでしたよね? すみませんが、帳簿にはその名前がありませんね」
「え……?」
「もしかしたら他の方の名前で記帳しているのかも。申し訳ありませんが、他のお仲間の名前をお教えくださいませんか」
青年がいる以上、青年の性格上ほぼ確実に彼の名前でチェックインしていると思っていたが、違ったらしい。