その五十八 申し遅れました。私、フーラと言います
場面は草原に戻る。
金髪の少女たちに声をかけてきた若い女性はウェーブがかった茶髪で、ひとの良さそうな顔をしており、立ち振る舞いにも教養がありそうな印象を受けた。よく見ると、着ている外套の胸元には金糸で施された、とんがり帽子をかぶり杖を構えた魔導士の刺繍が縫い付けられてある。
金髪の少女が若い女性に聞いた。
「あなたは?」
「あ、これは申し遅れました。私、フーラと言います。よろしくお願いします」
ぺこりと、フーラは頭を下げる。その声音と仕草には子供っぽさが残っていて、やはり盗賊などには見えなかった。
今度はかしらがフーラに尋ねた。
「あんた、馬に乗っているとはいえ、一人で夜の草原を走ってきたのか?」
「えっへん。実は私、こう見えて王宮魔導士なんですよ」
腰に手を当てて少しだけ胸を張るようにした彼女は、それからえへへと照れ笑いをするように、
「とはいっても、下っ端ですけどね。それに急いで王都に戻らなければいけなかったですし」
そんな彼女の様子には、やはり悪意のようなものは感じられなかった。かしらが続ける。
「ふーん。しっかし、よくこんな夜の草原にいる見ず知らずのオレたちに声をかけてきたな。まあ、オレも人のことは言えねえけど。オレたちが悪いやつらだったらどうするんだよ」
その言葉に若い男が、
「……いや、シスターさん以外は盗賊なんだけどなあ……」
と小さい声でぼそりとつぶやき、その若い男のわき腹を、やめなさいよと言いたげに若い女が肘で小突いた。
彼らの様子には気付かないで、
「心配なさらずとも、いま言ったように、私、王宮魔導士ですから。それに、みなさんが困っているように見えたので」
そこで一度微笑んでから、フーラは尋ねる。
「それで、お困りなんでしょう? いったいどうしたんですか?」
金髪の少女とかしらたちは顔を見合わせて……代表するように金髪の少女が答えた。
「用事があって王都に入りたいんだけど、通行証を持ってなくて入れないの。それでこれから近くの町に戻ろうと思ったんだけど……」
「まあ……っ!」
顔を明るくさせて、フーラは胸の前で手を叩いた。
「それでしたら、ちょうど私、通行証を持ってますよ!」
「え?」
フーラはごそごそと腰につけていたポーチに手を入れて、そこから小さな紙を取り出した。それには確かに王都通行証と書かれている。
「これで解決ですねっ。あ、でもこれは一人用の通行証なので、一人しか通れません……」
困った顔をするフーラに、かしらが言った。
「あ、いや、王都に入りたいのはこのシスターさんだけでいいんだが……」
「そうなんですか? それなら万事解決ですねっ」
フーラが再び顔を明るくさせたとき、
「ちょっと待って」
と、金髪の少女が口を挟んだ。
「一人用の通行証なら、今度はフーラさんが通れなくなっちゃいますよ」
「あ、私なら大丈夫です。私、王宮魔導士って言いましたよね。王家に仕えている人は、特別に外壁の門を通してもらえるんですよ」
「そうなんですか。……あれ?」
金髪の少女は首を傾げる。
「門を通れるのなら、どうして通行証なんか持ってるんですか?」
「あ、いや~、それはですね……」
恥ずかしそうに、フーラは頭の後ろに手を当てて苦笑した。
「私、おっちょこちょいでして、うっかりそのことを忘れてて発行しちゃったんですよね。そのせいで時間が少し掛かっちゃって、急いで馬を走らせてきたんですよ」
「……はあ……」
「でもそのおかげで皆さんを助けられるので、結果的には良かったですよねっ」
ニコッと、フーラが無邪気な笑顔を浮かべたとき、今度はかしらが横から口を挟んだ。
「でもよ、その通行証は発行したやつしか使えねーんじゃねーのか? 発行するときに、どこどこの誰々ですみてーな、身分を証明する必要があるだろうーし」
「いえいえ、その心配はありませんよ」
「ふーん……オレが前にいたとこはそうだったんだが、この国じゃ違げーのか。なんか不用心じゃねーか」
「まあさすがに、見るからに悪そうな人には発行しませんし門も通しませんけどね」
「ふーん」
「とまあ、そういうことなので……よいしょっと」
フーラは馬から降りると金髪の少女の元まで行き、彼女に通行証を差し出した。金髪の少女はその通行証と、ニコニコとした笑顔を浮かべるフーラを交互に見て、
「本当にいいんですか?」
「ええ。じゃないとこれ、期限が切れたら使えなくなっちゃって、もったいないですし」
「…………」
金髪の少女は一度かしらたちのほうを見る。すると、かしらは親指を立てたグッドサインを向けて、
「なーに迷ってんだ。せっかくのチャンスなんだから、素直に受け取れっての!」
かしらのその言葉に、若い女は微笑みながらうなずき、若い男は肩をすくめながらもうなずき、そしてかしらの肩に乗っていた白ネズミも、
「チュウ!」
と後押しするように元気な声を上げた。
「……うん」
金髪の少女は彼らにうなずきを返すと、もう一度フーラのほうへ顔を向け、
「ありがとう、フーラさん」
通行証を受け取って、彼女に頭を下げた。