その五十五 王都へ入れないってどういうこと……⁉
かしらたち盗賊団と金髪の少女を乗せた巨大白ネズミは、星空の下、草原を進んでいく。その間、金髪の少女は視界の先を見据えたまま、一言も口を開かなかった。
そんな真剣な様子の彼女を横目に見つつ、盗賊団の若い男が、かしらにひそひそ声で言う。
「おかしら、俺分かっちゃいましたよ」
「何がだ?」
「このシスターさんを目的地まで運んだら、その見返りとして、ぼったくるってわけですね。もしくは運ぶ途中で有り金全部奪って、そのあとどっかに放り出すって寸法でしょ。もう、そんなことなら早く言ってくれればいいのに!」
かしらが若い男の頭に拳骨を振り下ろした。
「いった!」
「おめーはもう黙れ! じゃねーと、おめーを放り出すぞ!」
「ええええ……」
かしらの考えていることが分からず、若い男は戸惑いの声を漏らす。
そうしているうちにも白ネズミは草原を駆け抜けていき、途中にあった小さな町を通り過ぎて……しばらくの時間が経過してから、背の高い壁が見えてきた。
「見えてきた……王都だわ」
金髪の少女がつぶやき、かしらたちに顔を向ける。
「ここで止めて」
「ん? まだ距離あるし、近くまで送っていくぜ?」
答えたかしらに、しかし彼女は遠慮の意を示す。
「ありがとう。でも、こんな大きなネズミのまま近付いたら、魔獣が襲ってきたって間違えられちゃうかもしれないから。さっきの馬車の御者みたいに」
「ああ、なるほどね。確かにそんなことになったら、面倒だな」
下手をしたら、王都にいる憲兵たちや冒険者たちに攻撃されてしまうかもしれない。かしらは巨大白ネズミの身体をトントンと軽くたたいて、
「ストップだ、ネズ公。ここで降りて、あとは歩いていくぞ」
「ヂュウ」
彼らが草原に降り立ち、身体を小さく戻した白ネズミがかしらの肩に乗る。かしらが金髪の少女に言った。
「王都までまだ距離あるし、護衛も兼ねて送っていくぜ。シスターさんをここまで連れてきといて、最後の最後でなんかに襲われましたじゃ、寝覚めが悪いからな」
金髪の少女は目測するように、一度王都の外壁のほうを見る。確かに外壁まではまだ距離があり、到着まではいくらか時間が掛かるだろう。
なので、ここは素直に相手の提案を受け入れることにした。
「ありがとう。お願いするわ」
「おうよ」
威勢よく応じるかしらの背後で、若い男がぼそりと言う。
「……俺たち、盗賊団なのになあ……」
その若い男の頭を、若い女がひっぱたいた。
王都の外壁の前、そこには警備兵の詰め所が設けられている。ここにいる警備兵たちによって王都を囲む外壁は警備され、魔獣や他国の軍が襲撃してきたときなど、何かしらの有事の際に迅速に王家へ報告、およびその有事への対処をおこなっている。
またこの詰め所では、外壁の門を通る際の通行証の確認もしていた。
「王都へ入れないってどういうこと……⁉」
閉まっていた外壁の門を開けてもらおうと、金髪の少女はそこにいた警備兵に声をかけたのだが、警備兵は彼女に二、三の質問をして、その返答を聞くと、厳然な態度を崩さないまま応じるのだった。
「通行証をお持ちでないのですよね。であるならば、この門を通すわけにはいかないのですよ」
「そんな……」
金髪の少女はショックを受ける。彼女のそばにいた、かしらが警備兵へと言った。
「そこをなんとかできねえのか? 見りゃ分かるだろうが、彼女はシスターさんなんだ。王都の修道会に問い合わせるなりして、彼女を通してくれよ」
「そんなこと言われましてもね……彼女が本当にシスターだとしても、ここを通るには通行証が必要なんですよ。そういう規則なので」
「やれやれ。融通が利かねえなあ」
かしらは嘆息を漏らす。
彼らの話を聞いて、気を取り直した様子の金髪の少女が言った。
「それじゃ、その通行証っていうのはどこでもらえるのよ?」
「近くの町で発行しています」
「分かったわ。それじゃいまからその町に行って……」
踵を返す彼女に、警備兵は付け加えるように言う。
「ですが、今日はもう夜も遅いですので。通行証を発行できるのは、どんなに早くても明日の朝になると思いますよ」
「……っ⁉」
金髪の少女は立ち止まり、もう一度警備兵のほうへ顔を向け、口を開きかけて……。
それじゃあ遅いの! いますぐここを通してよ!
そう言おうとした気持ちをぐっとこらえて、彼女は言葉を飲み込んだ。いまここでそんなことを言ったところで、事態は好転しない。通行証を見せなければ、この外壁の門は通れないのだから。
むしろ、そう言って無理矢理通ろうとすれば、警備兵たちに危険人物と判断されてしまうかもしれない。ここは一旦退いたほうがいいだろう。
「……教えてくれてありがとう。とにかく一度近くの町に行ってくるわ」
金髪の少女はそう言って、警備兵に背を向けた。