その五十三 なんならオレたちが連れてってやろーか?
時間はいくらか遡る。
場所は、ノドルの街と王都の間にある小さな村近くの草原。
夕焼け色に染まっていた太陽はすでに沈んでおり、辺りには夜の帳が下りていた。夜空からは月や星の光が周囲を照らし、草原のなかからは虫の音も聞こえてきている。
ときおり冷えた夜気を運ぶそよ風が吹いて、草原に生い茂る草花がさわさわと揺れるなか……その草原を三人の人間が歩いていた。
一人は若い男で、一人は若い女、そして最後の一人は彼らにおかしらと呼ばれている者だった。
両手を頭の後ろで組みながら、かしらが言う。
「いやあ、それにしても牢屋にぶち込まれたときはどうなるかと思ったぜー。それもこれもネズ公のおかげだな」
かしらが自分の肩に乗っている小さな白ネズミに目を向けると、
「チュウ!」
役に立てたことが嬉しいのか、その白ネズミは、えっへん、とでもいうように胸を張った。
それを見て、かしらの隣を歩いていた若い女が感心したように白ネズミに言う。
「ほんとほんと、ネズミちゃんが身体をおっきくして牢屋を壊してくれたおかげよね。そのときにあたしたちの手錠の鍵も取ってきてくれたし、本当に助かっちゃった」
「チュウ!」
ほめられた嬉しさを表現するように、白ネズミがかしらの肩の上を駆け回る。
しかしそんななか、かしらのもう一方の隣を歩いていた若い男が、不思議そうに首を傾げながらつぶやいていた。
「それにしても、どうしてネズミは大きくなれたんでしょうね……? だって俺たち全員、魔法を使えなくされてたのに……」
「まーだ、そんなこと気にしてんのか、おまえは」
かしらは呆れたように若い男を見て、
「べつにいーじゃねーか。世の中には理屈じゃ分かんねーこともたくさんあんだよ。細かいことばっか気にしてっと、ハゲるぞ」
かしらのその言葉に、若い女も続ける。
「そーそー、おかしらの言う通りよ。第一、あんたもあたしもたいした魔法使えないんだから、手錠なんかされててもされてなくても、そんなに変わらないでしょ」
「いやあの、なんか論点がズレてる気がするんですけど……」
若い男はそう言ったが、
「とにかく気にすんな」
「そーそー」
かしらと若い女は楽天的な声を上げるだけだった。
彼らがそんな会話をしながら村の近くを通りかかったとき、その村の入り口に一台の馬車が停まっているのを見つけた。馬車の近くには御者らしき年輩の男と、修道服を着た金髪の少女の姿があって、何やら会話をしているようだった。
「これ以上は行けないって、どういうことよ⁉」
「だからねシスターさん、今日はもう陽が暮れて辺りも暗いし、夜盗や魔獣も出るかもしれないから、これ以上馬車を走らせるのは危ないんですよ」
「お金なら払うから、王都まで連れていってよ!」
「そんなこと言われてもね……」
食ってかかるような金髪の少女に、御者は困った顔をする。
「明日の朝になれば出発できるから、それまで待ってくださいよ」
「それじゃダメなの! そんなに待ってたら……!」
サキやケイやアスちゃんが殺されちゃうかもしれない……! 手遅れになるかもしれない……!
焦りの色をにじませながら、金髪の少女は村の外に広がっている夜の草原に視線を走らせる。
「分かったわよ! どうしても馬車がダメっていうなら……!」
そう言って、金髪の少女は草原へと出ていこうとして……慌てて御者が彼女を引き止めた。
「ちょ、ちょっと、どこ行くんですか⁉」
「離して! あたしはみんなに伝えなくちゃいけないんだから……!」
「だから夜は危ないんですって……!」
どうやら修道服を着た金髪の少女はどうしても王都に行かなければいけない理由があるらしい。彼らの話を聞いていたかしらたちは互いに顔を見合わせて……、
「おうおうなんか困ってるみてーだな。なんならオレたちが連れてってやろーか?」
かしらが金髪の少女と御者に威勢のいい声をかけた。