その四十九 ……気にしすぎ、ですよね……
「「あ……」」
気が付いた少年と黒髪の少女が声を漏らし、
「……壊れてしまったか」
地面に落ちた指輪と、それをはめていた手を順々に見て、仮面の剣士もつぶやいた。
「まあ、斬り裂きジャックを異空間に飛ばせられたのだと考えれば、安いものだな」
「もしかしてそれって、魔法具ですか……?」
黒髪の少女の問いに、仮面の剣士はうなずく。
「ああ。空間魔法の力が備わっていた指輪だ」
「……! あの、いったいどこでその魔法具を……⁉」
黒髪の少女が問いを重ねようとしたとき、王都の中央部にある時計台から低く重い音が鳴り響いた。その音を聞いて、仮面の剣士が時計台のほうに振り向く。
「……もうこんな時間か……」
そしてまた少年や黒髪の少女のほうに顔を向けると、
「すまない、ケイとその仲間の方々。私はもう戻らなければならない。話はまた今度、ゆっくりできるときにしよう。各々の自己紹介も、そのときに」
そう言い残して、仮面の剣士はメインストリートを駆け出していった。
「行っちゃった……」
「……行っちゃいましたね……」
遠ざかっていく背中を見送りながら、少年と黒髪の少女がつぶやく。それから少年は黒髪の少女に聞いた。
「サキさん、ソナーさんの指輪のこと聞いていたけど、あれがどうかしたの?」
「……人を異空間に飛ばせるほどの力を持つ空間魔法の魔法具は、とても珍しいものなんです。もしあれを作った人がこの王都にいるのなら、もしかしたら返還魔法の手掛かりが掴めるかもしれないと思って……」
「あ……」
少年は仮面の剣士が走り去っていったほうを見やる。そしてもう一度黒髪の少女のほうを向いて、
「だ、大丈夫だよ。また今度って言ってたし、きっとまたすぐに会えるよ。そのときに話を聞けば……」
「そう……ですよね……」
答えながら、
「…………?」
と、黒髪の少女は少年の言葉にかすかな違和感を覚えた。思わず彼のほうを見る。
「…………。……ケイさん、どうしてそんな……」
そんな言い方をするんですか?
返還魔法はケイさんを元の世界に帰すために必要なのに。
まるで他人事みたいな……?
思えば、いままでケイさんはずっとそんな態度を取ってきていた気がする。ジャセイと戦う直前のときには、べつに帰るつもりなんかないとも……。
しかし黒髪の少女がその疑問を口にするよりも前に、少年は思い出したように青年と御者のほうに顔を向けて、
「あ、そうだった、ハオさん、御者のおじさんと馬は大丈夫ですか?」
そう言いながら、彼らのほうへと駆けていってしまう。
「おお。おっちゃんのほうはもう治ったし、馬のほうももうすぐ治るぜ」
「ほっ、良かった……」
少年が安堵したように胸をなで下ろす。
その様子を見て、
(……気にしすぎ、ですよね……)
黒髪の少女はそう思い直しながら、少年たちのほうへと駆け寄っていった。
少年たちが斬り裂き魔と出くわした現場から少し離れた建物の屋上に、修道服を身にまとった一つの影があった。
「…………」
少年たちの様子を見届けていたその影は後ろを向くと、足音を立てずに、まるで宵闇のなかに溶け込むように静かに消え去っていった。