その四十八 ソナーさんですよね
「……ふう……」
斬り裂き魔を異空間へと何とか放り飛ばせたことに、乱入者が手の甲で額の汗を拭う仕草をして安堵の息をつく。
「危ないところだったな。怪我はないか?」
乱入者はそう言って、少年たちへと顔を向けた。
いわゆるシニョンと呼ばれる髪型なのだろう、その乱入者は綺麗な銀色の髪を頭の後ろでまとめ、顔には目元を隠す仮面を付けている。長剣自体は真っ二つに斬られてしまったものの、腰にはその長剣の鞘を差し、両の太ももにはそれぞれ一振りずつ短剣を付けていた。
その姿は紛れもなく、数日前に少年が出会った人物そのものだった。その仮面の剣士に、青年が応じる。
「助かったぜ。怪我はしたが、まあ治せるしな」
「回復魔法の使い手がいるのか?」
「まあそんなところだ。おっと、そうだった」
そこで青年は気が付いたように、
「おっちゃんと馬の怪我を治してやらねえとな。おーい、おっちゃん、生きてるか?」
そう言いながら御者と馬のほうへと駆け寄っていく。御者は痛みをこらえるような顔をしながら、
「はは……何とか生きてますよ、旦那。というか、回復魔法使えるんですね」
「まあな。待ってろよ、いまちゃっちゃと治してやっから」
「恩に着ます。それにしても、旦那がたって本当に強かったんですね。昼間、盗賊団を倒したって聞いたときは冗談かと思っていましたが……」
「さっきの斬り裂き魔には危ないところだったがな」
そんな会話をしながらも、青年はまず御者へと手をかざして傷を治していく。
その様子を見ながら、仮面の剣士が訝しげにつぶやいた。
「……あれは……回復魔法か……? 魔力の流れは感じないが……」
ちらりと仮面の剣士のほうに目を向けて、青年が言う。
「あんたは俺たちを助けてくれたし、悪いやつじゃないみたいだからな。あとで説明するさ」
「…………」
彼の言葉に何かしら察しがついたのだろう、仮面の剣士はそれ以上は何も言わなかった。
それら一連の会話の一方で、少年は斬り裂き魔が異空間へと放り飛ばされていった場所を、複雑な表情で見つめていた。
少年の様子に気が付いた黒髪の少女が、少し心配そうに彼に声をかける。
「ケイさん……?」
「あ、いや、なんでもないよ」
応じた少年の顔にはぎこちない笑みがあって……だからこそ、黒髪の少女は余計に心配してしまう。
「あの……」
彼女が少年に何か言おうとしたとき、少年が仮面の剣士に呼びかけた。
「ソナーさん。ソナーさんですよね」
「ん……?」
言われた仮面の剣士のほうも、少年を見て、ここで初めて気が付いたようだった。
「きみはたしか……ケイ、だったか……?」
「はい。まさかまたすぐに会えるなんて……」
そんな会話をしている少年にはもう先ほどのような愁いの色はなくて……。そのことに関して少年に話しかける機会を失してしまったこともあって、黒髪の少女は、
「…………」
少年へと向けていた視線を、仮面の剣士に向ける。
王都に来るまでの間に、情報共有ということで少年たちから話は聞いていた。王家の服を持っていたこと、ソナーという名前……そして実際にこの目で見る、仮面で隠しているとはいえ、その顔立ちと銀色の髪は……。
「…………」
自分のことを見つめてくる彼女の視線に、仮面の剣士も気が付いて、真面目な顔付きで受け止める。
交差している二人の視線に気が付いて、少年は頭にはてなを浮かべた。黒髪の少女に尋ねる。
「どうかしたの?」
「あ、いえ……」
黒髪の少女が言葉を濁したとき、仮面の剣士の手にはめられていた指輪にピキリとヒビが入り、二つに割れて地面に落ちていった。