その四十七 剣が斬られることは想定内さ
「ンだコリャア……⁉」
突如視界を塞がれ獲物を見失った男が声を上げる。いまのうちに少年に肩を借りながら青年が立ち上がっていると、メッセージウインドウの雲のなかにいる男が、やたらめったらにナイフを振り回しながら苛立たしげに叫んだ。
「クソがあ⁉ 何で斬れねえんだ⁉ クソが!」
斬られた傷を治し終えた青年が、
「肩貸してくれてサンキューな、少年。怪我ならもう治した」
少年にそう言いながら、男を取り囲んでいるメッセージウインドウの雲に目を向ける。
「どうやら黒髪ちゃんの力は斬れねえみてえだな。いまのうちに逃げ……ることもできねえか。おっちゃんを見殺しにはできねえし、何よりこんなやつを街なかに放っておくわけにはいかねえ……」
そうつぶやいている間に、男の声の調子が冷静さを取り戻していった。
「ハッ、まさか俺に斬れねえもんがあるとはナア。だったら……」
メッセージウインドウの雲から男が飛び出して、少年たちの姿を捉えるやいなや、彼らへと猛スピードで迫っていく。
黒髪の少女が再びメッセージウインドウで取り囲もうとするが、男の駆けるスピードは凄まじく速く、取り囲んでもすぐさまその雲を突破していってしまう。
「……っ!」
黒髪の少女に焦燥の色が浮かび上がる。メッセージウインドウは視界を塞ぐことこそできるものの、物理的な障壁にはならない。取り囲むスピード以上の速さで動かれてしまっては、相手の動きを封じることができないのだ。
加えて、いまのサトリの呪いは以前よりも進行している……すなわち、休憩を挟まずに使い過ぎてしまえば……。
「……っ……!」
脂汗を浮かばせて、顔色を悪化させた黒髪の少女が地面に膝をついてしまう。その片方の目元から首筋にかけて鎖模様が浮かび上がっていた。サトリの力を使い過ぎたのだ。
「サキさん⁉」
苦しそうに胸を押さえてそのまま地面に倒れかねない様子の彼女の身体を、少年が何とか支える。そんな彼らをかばうようにして、青年が彼らの前に出て、迫りくる男へと手をかざした。
「吹っ飛べクソ野郎……!」
その手から突風を放つ。以前紅蓮のショウを吹き飛ばしたときよりも、さらに風力を上げた、普通の人間ならばまず踏みとどまれない突風。
「ハッ、そんな風ごときが俺にきくかよ!」
しかしその突風ですら、男はナイフを縦に振り抜いて左右に両断してしまう。
「クソ! 何だこいつ⁉ 無敵かよ⁉」
そして男の持つナイフが今度こそ青年の息の根を止めるために、彼の心臓に突き刺されようとしたとき……横合いから何者かが飛び出してきて、手にした長剣を男へと振り下ろした。
『⁉』
突如として現れたその人物に、男を含めた全員が驚くも……完全に不意を突いたその奇襲ですら、男はすんでのところでナイフで受け止めて、その長剣を両断してしまう。
「誰だか知らねえが残念だったナア!」
両断された剣身が地面へと落ちていき、その陰から男が歪んだ笑みを見せる。突然現れた乱入者へと男がナイフを振り抜いた。
その鋭利なナイフの軌道を、身を屈めることで乱入者はギリギリで避ける。かすかにかすめ、目元を仮面で隠したその乱入者の幾本かの銀色の髪がはらはらと舞うなか、
「剣が斬られることは想定内さ」
乱入者が指輪をはめた手を男の胸へと当てて……その瞬間、男の周囲の空間に縦長の黒い穴が現れた。
「ナッ、こりゃあ空間……!」
「なにもない異空間で余生を過ごすんだな」
そして男の身体を完全に飲み込んで、縦長の黒い穴は閉じられた。