その四十六 ジャックっつったか、威勢のいい野郎だぜ……!
少年たちを乗せた馬車は宿屋へと向かうため、ガタゴトとメインストリートを進んでいく。と、そのとき、馬車の行く先に何かがあるのを見つけて、御者は馬車を停めた。
道端のガス灯の明かりが届かない暗がりにいるそれは、どうやら人間らしい。目の前に馬車が迫っているのに避けようとしないその人間に、御者は声をかける。
「あんた、そんなところにいたら危ないですぜ。早くどいて……」
御者の注意を聞いていないのか、その人間はゆっくりと暗がりから姿を現す。その手には、ガス灯の明かりをギラリと反射させた一振りのナイフが握られていた。
その人間が何者なのか、すぐさま察した御者が客室に向かって叫んだ。
「逃げて下さい旦那がた! ジャックが出た!」
言うが早いか、ナイフを持った人間……ジャック・ザ・スラッシャーが斬りかかった。
「おっちゃん⁉」
続く叫び声と馬のいななきに青年が客室から飛び出して、少年たち三人もあとに続く。彼らの目に映ったのは地面に流れる血と、うずくまる御者や馬の姿だった。そのそばには血を滴らせたナイフを持つ男が一人。
「御者のおじさん⁉」
「旦那がた早く逃げて下さい!」
呼び掛ける少年に御者が叫ぶ。少年と黒髪の少女が慌てて御者へと駆け寄ろうとしたとき、御者のそばに立っていた男が、ナイフ同様にぎらついた目を彼らに向けた。
「ククク、こりゃ最高だぜ、獲物がたくさんいやがる」
一瞬ゆらりと身体を傾けるようにして……ナイフを持った男、ジャックが少年たちへと迫る。
「死ねエエ!」
レンガの道を駆けながら男がナイフを突き出す。それに対して少年と黒髪の少女が身構えたとき、二人の前に青年が一歩出て、その手に氷の剣を作り出した。
「ハッ、ジャックっつったか、威勢のいい野郎だぜ……!」
手にした剣でナイフの一撃を受け止める。そしてすぐさま青年が斬り返そうとした瞬間……彼が持っていた氷の剣が真っ二つに両断された。
「な……っ⁉」
青年が持つ氷の剣は、彼のチート能力によって作り出したものだ。以前紅蓮のショウが生成した炎の剣と斬り合ったことがあるように、そう簡単には破壊されたりはしない……ましてや普通のナイフになど両断されるわけはない……。
そのはずだった。
氷の剣を真っ二つに斬り裂き、そのままの勢いでナイフは青年の身体を斬り裂いていく。
「「ハオさん⁉」」
「……ハオ……⁉」
血が噴き出し、思わず青年は身体をよろめかせる。それでもすぐさま体勢を立て直そうとする青年に、男が第二刃を振りかざした。
「しま……っ!」
殺られる……!
青年がそう思った刹那、少年が青年を地面に突き飛ばし、ギリギリのところでナイフは空を切る。
「チッ……!」
男が舌打ちを漏らす。そして男が地面に倒れる少年と青年に再びナイフを構えようとして……それよりも素早く白髪の少女が男へと両手をかざし、その手から剣の形をしたエネルギーの塊のようなものを放った。
……が。そのエネルギーの剣が男の身体を貫こうとしたとき、男がナイフを振り抜いて、そのエネルギーの剣すらも真っ二つに両断する。
「何だこいつ⁉」
青年が驚愕の声を上げ、
「……っ……⁉」
いままで大抵の物事には興味を示さず、無表情だった白髪の少女の顔にも、珍しくかすかな動揺の色が走った。それでもすぐにもう一度エネルギーの剣を放とうとする彼女へと、男が迫る。
しかしエネルギーの剣を放つよりも、ナイフの切っ先が白髪の少女へと届くほうが早い。
「……っ……⁉」
「アス!」
眼前に迫るナイフに、白髪の少女が目を見開き、青年が声を上げる。いまにもナイフが少女の身体を斬り裂こうとしたその瞬間……とっさに青年が小さな氷の剣を男へと飛ばした。
「⁉ チッ!」
だが驚異的な反射神経でもって、男はその小さな氷の剣をナイフで弾き飛ばす。宙を舞う小さな氷の剣が真っ二つに両断されるなか……一瞬できたその隙を突いて、白髪の少女が再度エネルギーの剣を男へと放った。
「ハッ!」
でもそれも、頬をかすかにかすめながらも男は横に跳んでかわしてしまう。
「……っ⁉」
この近距離で避けられるはずがないと思っていたのだろう、白髪の少女に再びわずかな動揺の色が走る。心なしか、息も少し上がっているようだった。
そして男が地面に着地した瞬間……いくつもの空白のメッセージウインドウが男の身体を覆い隠した。