その四十五 ジャック・ザ・スラッシャー……斬り裂きジャック、か……
夕焼けに染まっていた太陽はすでに沈み、周囲には夜の暗さが広がっていた。空には欠けた月が上り、星の瞬きも顔を覗かせている。
外壁の門の前で歩哨をしていた者に通行証を見せて、馬車はその門を潜っていく。潜り終えると馬車は停まり、御者は客室のドアを開けてなかにいた少年たちに言った。
「旦那がた、王都に着きましたよ」
少年たちは客室から出ると、
「ここが王都……」
「はい。わたしも久しぶりに来ましたが」
「うおー、すげーでっけー街だなー、王都っていうだけはあるぜー」
「……ハオ、うるさい……」
目の前に広がる街並みに各々の感想を口に出していた。
背の高い外壁に囲まれたその都市の中央部には、広大な敷地を持つ巨大な建造物が建てられていて、周囲に鉄柵を張り巡らせたその敷地内には大きな時計台も据えられている。
厳かな雰囲気を漂わせているその場所からは、東西南北それぞれの方向にレンガが敷き詰められたメインストリートが伸びていた。
そのメインストリートには辺りを照らすための街灯が等間隔に設置されていて、またそのメインストリートに沿うようにレンガ造りの建物も並んでいる。
メインストリートの一部には街路樹も植えられており、その道の先には様々な木々や花々がある自然公園があった。他にも大きな図書館や美術館、博物館に学院、多くの人々が行き交う市場や流れの緩やかな川など、色々なものがその王都には存在している。
視界の先、王都の中央部にそびえている巨大で荘厳な建物を見ながら、少年が不思議そうにつぶやいた。
「あれはなんだろう……?」
「あれは王宮ですね」
黒髪の少女の返答に、少年は呆けたようにその建物を見ながら声を漏らすだけだった。
「王宮……」
「はい。あそこにはこの王都やこの国を統治する王家の方たちが住んでいます。ちなみにこの王都の名称はこの国と同じ『ジーン』と呼ばれています」
「へえ……」
彼らの話を耳に入れながら、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回していた青年が言う。
「そんなことより、とりあえずいまは宿屋を探そうぜ。腹もすいてるしな。おっちゃん、この近くの宿屋って知ってるか?」
青年が御者に尋ねると、御者は少し考える素振りをしながら、
「それなら、この道をまっすぐ行った先にありますよ。食堂も併設されていたはずです。何なら、ついでに馬車で送りましょう。最近は物騒な話も聞きますし」
「物騒?」
問い返した青年に、御者は説明する。
「最近この王都で通り魔が多発してましてね、現場には『アイ アム ジャック! ネクスト ユー!』っていう、被害者の血で書かれた犯人からのメッセージが残されているようで……」
「なんだそりゃ……」
青年がつぶやき、少年と黒髪の少女は不安そうに顔を見合わせる。白髪の少女だけは相変わらず興味なさそうに黙ったままだったが。
御者もまた不安そうに話を続けた。
「官憲が調べているようですが、一向に手掛かりが掴めないみたいで……新聞なんかは『ジャック・ザ・スラッシャー』なんて書き立てていますよ」
「ジャック・ザ・スラッシャー……斬り裂きジャック、か……俺がいた世界、いや国に、似たような事件があったな……」
青年のつぶやきに、少年もうなずく。
「俺がいたところにも、大昔にそんな事件がありました……」
少年と黒髪の少女と青年は互いに顔を見合わせて……そして代表するように青年が御者に言った。
「そういうことなら、宿屋まで頼むぜ」
御者はほっと安心したように、
「分かりました。それではお手数ですが、もう一度客室にお乗りください」
そう言って、客室のドアを開ける。
少年たちが再び乗り込み、客室のドアが閉じられる。がたがたと馬車が動き出したとき、ぼそりと青年がつぶやいた。
「とりあえず、宿屋に着くまでだが、これでおっちゃんと馬たちは守れるわな……」
彼の言葉に、少年と黒髪の少女も小さくうなずいた。