その四十四 ……あたし、行かなくちゃ
「まったく修道長ときたら……ジャセイのことで、これからみんなで大事な話をするっていうのに……」
ジャセイが使っていた部屋のドアを開けながら金髪の少女イブが文句を漏らす。彼女が言うように、このあと修道会の幹部で集まって会議をすることになっていた。しかし修道長の姿が見えず、おそらくはここにいるのではと思って探しに来たのだった。
開けたドアから部屋のなかを覗いた金髪の少女が、奥にあった本棚が横にずれて、そこから地下室への階段が見えていることに気付く。
「やっぱり……」
彼女はぼやきながら部屋のなかに入り、その階段を下りていった。
「修道長、みんな待ってますよ。早く戻りま……え……?」
そこで彼女が見たものは、階上から差す明かりに照らされる、首のない身体だった。
「え……修道長……? 冗談ですよね……?」
首のない身体はいまもぴくぴくと痙攣するようにかすかに動いており、その動きに合わせて床に溜まっている血に波紋が浮き出されている。
「そんな……ウソ、でしょ……誰が、こんな……」
あまりにも残酷なその光景に、金髪の少女は口元を手で押さえて、その場に立ち尽くしてしまう。
首がなく、胸も何かで貫かれたように血塗れになっている。
どう見ても、もう助からない……。
金髪の少女がそう絶望したとき、首のなかったその身体にいきなり首が現れる。それはまさにフードの人物が異空間へと抉り飛ばしたはずの修道長の首で……。
「え……?」
何が起こっているのか、金髪の少女には訳が分からない。
「げほっ……ごほっ……!」
「修道長……!」
しかしそれでも、彼女は弾かれたように修道長へと駆け寄った。
「ごほ……っ」
その咳を最後に、修道長はがくりとうなだれて気絶してしまう。そんな彼に金髪の少女は手をかざしながら、
「とにかく早く応急処置を……え……傷がない……? というよりもこれは……すでに治されて……?」
修道長の心臓を確かに抉ったはずの空洞は、いつの間にか塞がれていて、その下からは心臓の鼓動も脈打っていた。
数時間後。
「う、む……」
修道会の一室のベッドの上で、小さな声を漏らしながら修道長が目を覚ます。ベッドに横たわりながら、修道長は窓から入ってくる夕焼けの光に眩しそうに目を細める。
そんな修道長に、そばの椅子に座っていた金髪の少女が声をかけた。
「修道長、目を覚ましたんですね」
「イブか……」
修道長が彼女に視線を向ける。傷は治っていたとはいえ、修道長のその視線は弱々しく、いまだに体力は戻っていないことがうかがい知れた。
金髪の少女は尋ねる。
「教えてください、修道長。地下室でなにがあったんですか?」
「…………」
少しの沈黙のあと、初老の男は口を開いた。
「……ジャセイの仲間がやってきた……ユウナさんも、彼らの仲間だった……」
「え……?」
金髪の少女は戸惑いの声を漏らす。
困惑しているのは修道長も同じようで、声を途切れ途切れにさせながら、彼は自分が見聞きしたことを金髪の少女に説明し始めた。
話を聞き終えて、金髪の少女が混乱したようにつぶやく。
「そんな……ユウナさんが……」
「…………」
修道長もショックなのだろう、黙ったまま天井を見つめている。金髪の少女は疑問の声を漏らす。
「でも……どうして修道長の首と胸の傷は治ったんでしょうか……? いくら修道長の回復魔法でも、あれは……」
「……ユウナさんだ……」
「え……?」
天井を見つめたまま初老の男は言う。
「フードをかぶった者に殺されそうになる直前、私の視界は暗闇に包まれた。何も見えないその暗闇のなか、ユウナさんの声が聞こえたのだ……短い間でしたがお世話になりました、と」
「それって……」
「おそらくユウナさんは空間魔法が使えたのだろう。それによってフードの人物よりも先に私の首を異空間に飛ばし、回復魔法を応用して私を生かし続けた。そして彼らが部屋から出ていくまでの間、私の死を偽装したのだ」
「……。どうしてユウナさんはそんなことをしたのでしょう? だってユウナさんは、そのフードの人たちの仲間のはずじゃ……」
修道長は目を閉じる。
「分からん……分かっていることは、ユウナさんは彼らの仲間であると同時に、私を助けてくれた……ということだ」
「…………」
金髪の少女は顔を上げ、窓の外の夕焼けを見つめる。
そして言った。
「……あたし、行かなくちゃ」
修道長は目を開けて、
「イブ……?」
彼女を見る。
その初老の男に視線を落として、彼女は続けた。
「修道長を殺そうとした人たちは王都に行ったはずです。王都にはいまサキやケイたちが向かっている……このままじゃ、サキとケイが、それにアスちゃんが殺されてしまうかもしれません。怪我は治っているとはいえ修道長はまだ体力が戻っていないし、あたしが伝えに行かなくちゃ……!」
「だが……いまからではどんなに早くても明日の昼頃になって……」
「それでも行かなくちゃいけないんです……! あたしの大切な友人を助けるために……!」
金髪の少女は立ち上がると、取るものも取り敢えず部屋の外へと駆け出していった。