その四十三 トドメを刺しておきましょう
地下室の中央に立てられている氷漬けの男を見て、ミョウジンは少しばかり息を飲んだ。耳で聞くだけと、実際に自分の目で見ることではだいぶ印象が違ってくる……そんな話を聞いたことがあるが、その通りかもしれない。
白目を剥いたまま氷漬けになっているその姿は鬼気迫るものがあり……もし何かが違っていれば、ミョウジン自身こうなっていたかもしれないと思うと、内心ぞっとした。
しかしそんなミョウジンとは違って、フードの人物はいつも通りの落ち着き払った様子で氷漬けのジャセイを見つめていた。そこには困惑や驚愕や戦慄などといった感情は醸し出されていなく……まるで標本にされた昆虫や、はく製にされた動物を見ているような佇まいだった。
「……ケイという名前の少年がジャセイを倒したといいましたね」
「……はい……」
フードの人物の問い掛けに修道女が静かに答える。
「その少年はどのような方法でジャセイを倒したのですか?」
「……」
先ほどと同じように、またも一瞬の沈黙……そして修道女は口を開く。
「彼は『相手が持っているチート能力を無効化する能力』を持っていました。その力を使って、彼はジャセイを倒しました」
「…………」
声にこそ出していないし、そのような雰囲気も漂わせていないが……何となくだが、ミョウジンにはフードの人物が内心驚いているような気がした。いや、ミョウジン自身が驚いていたから、そう感じただけかもしれないが……。
一拍ほどの間があってから、フードの人物は口を開く。
「……それは厄介な力ですね」
「……はい。またその少年はサトリとともにいました。いまは王都へと向かっています。おそらく今夜には到着するでしょう」
「……なるほど……」
紅蓮のショウ、ジャセイ、ミョウジン、そして彼ら三人をこの街に送り込んだフードの人物の目的こそ、サトリの少女の殺害である。しかし協力者であるはずの影の薄い修道女は、その口振りからして、サトリを殺そうとはしていなかったようにミョウジンには聞こえた。
ミョウジンは彼女に尋ねる。
「ユウナさんといいましたか、あなたはサトリを見逃したのですか? ジャセイが氷漬けにされているときも助けようとはしなかったようですし」
訝しむミョウジンのその問いに、修道女は彼を見て、感情を表すことなく冷静に答えた。
「……この街での私の役割は、あくまで三人のチート能力者の監視ですから……」
「だから、何もしなかったと?」
「はい」
「しかし、あなたならサトリを暗殺しようと思えば、それができたはず。どうして……」
なおも詰問しようとするミョウジンに、今度は修道女が言葉の切っ先を向けた。
「……私が殺さずとも、あなたたちなら簡単に殺せると思っていましたから。特に、あなたなら二度目はきちんと策を弄して、同じ轍は踏まないようにするでしょうし」
「…………っ」
彼女の言葉に、思わずミョウジンは動揺の色を表してしまう。
(この女……っ)
見るからに顔色が変わったミョウジンの様子に、フードの人物は暗いフードの奥から鋭いまなざしを彼に向けて、
「……。いまユウナさんが言ったことは、あとで確認するとしましょう。それよりいまは、早く王都に戻らなければいけませんね。サトリは王都に向かっているのですから」
踵を返そうとするフードの人物に、修道女が尋ねる。
「ジャセイはどうしますか?」
「このままにしておいていいでしょう。彼はショウと同じで、扱いにくい人間ですし」
「あなたの空間魔法で連れていけばいいのではないですか?」
「……ふっ」
そのとき初めて、フードの人物は一瞬だけ軽蔑するような視線を氷漬けの男に向けた。
「私にそうする気がないことは、あなたも分かっているでしょう?」
言ってから、フードの人物は付け足す。
「むしろ氷漬けにしてくれた青年には感謝したいくらいですね。面倒な人間を黙らせてくれたのですから」
その言葉には、明確にジャセイへの嫌悪感がにじみ出ていた。
修道女が尋ねる。
「……。ならば殺しては?」
「下手に殺そうとして万が一失敗すれば、即時再生してしまいますからね。それにもしかしたら今後必要になることがあるかもしれませんし、そのときにまた迎えに来ますよ」
フードの人物は氷漬けの男に背を向ける。再びフードの人物の前に空間移動の黒い穴が現れたとき、ガシャンと階段のそばの棚から何かが落ちる音がした。
ミョウジンが叫ぶ。
「誰だ……!」
彼らの話を盗み聞きしていたのだろう、棚から落ちて割れた酒瓶には構っている余裕もなさそうに、そこから現れた人影はすぐさま階段を駆け上がろうとして、
「逃がしませんよ」
フードの人物がその場から消え、その一瞬後には人影の前に姿を現す。
「……っ!」
驚愕する人影に手をかざして、フードの人物がその人影の胸部、心臓がある部分に黒々とした穴をあけた。
「ぐう……っ⁉」
心臓をえぐられて、その人影が身体を崩し、その拍子に階段を転げ落ちてくる。鈍い音を響かせながら階段下に倒れ込むその人影にミョウジンが駆け寄り、そのあとから修道女も近付いていく。
「こいつは……確かこの修道会の修道長か……?」
つぶやくミョウジンに、階段を下りながらフードの人物がうなずいた。
「そのようですね」
自分の胸を手で押さえるようにして、床に倒れた修道長が激痛にうめき声を漏らす。どくどくと流れる血の海に溺れるその彼へと、フードの人物は手をかざした。
「心臓は抉りましたが、一応トドメを刺しておきましょう」
その手から表面が渦巻く球体のような塊を撃ち出して、修道長の首から上を消滅させた。
首があったところから血が流れ出し、あとに残された身体がぴくぴくと痙攣する。それを見て、ミョウジンは息を飲む。
(空間魔法……移動だけでなく、あらゆるものを一瞬にして殺すことができる……)
おそらくはこの世界にある魔法のなかでも、チート能力に対抗できるかもしれない魔法。そしてそれを使いこなすこのフードの人物は、間違いなくトップクラスの魔導師だろう。
興味をなくしたように、フードの人物は床に倒れる首のない身体から視線を上げ、先ほど出していた黒い縦長の穴へと歩いていく。
「さあ、行きますよ、二人とも」
フードの人物がその穴を潜り、ミョウジンが続く。最後に残った修道女は首のない身体を見つめたあと、それに背を向けて黒い穴を通っていった。
そして黒い穴は閉じられた。