その四十二 いいえ。ジャセイを倒したのは……
「私とこの街の修道会の今後の処遇については、修道会本部の協議によって決められるでしょう」
発表の最後にそう述べて、修道長は民衆へと頭を下げる。そして彼および幹部たちは修道会のなかへと入っていった。
あとに残された民衆たちも口々に何か言いながら、ある者は修道会の建物を見つめ、ある者は自分の仕事や家に戻り、またある者はギルドや食堂に行っていまの発表についての意見を交わしていく。
そうやって三々五々、民衆たちがその場を離れていくなか、先ほど修道長にジャセイの居場所を尋ねたフードの男は路地裏に入り込むと、かぶっていたフードを取り外す。その下から現れた顔は『絶対命中』のチート能力を持つミョウジンだった。
(ジャセイは倒された……)
いまの発表が本当だとすれば、ジャセイはいま氷漬けにされて修道会の地下にいるとのことだ。
(昨日、サトリのサキと一緒にいたあの少年は修道会に行くと言っていた。ならばサトリも修道会にいる可能性が高い……狙うなら、ジャセイが倒されたいま、ということか……)
そばの建物の陰に隠れるようにして、裏路地の入口から修道会の建物を覗き見る。修道会の前にはまだ何人か、発表を聞いていた人々が残っていた。
(どうする? いますぐ行くか? それとも夜になるのを待つか? だがサトリがいつまでも修道会にいるとも……)
考えていたとき、背後から声がかけられた。
「こんなところで何をしているのですか? ミョウジン」
その声に驚いて、ミョウジンは振り返る。そこにいたのは、魔導士が着るローブを身にまとい、目深にフードをかぶった者だった。その姿、その声に、ミョウジンは覚えがある。
「おまえ、いや、あなたは……!」
「サトリのサキはまだ殺せていないようですね。あなたの絶対命中なら、一度見つけることができれば、間違いなく殺せるはずですが」
「……。文句なら私だけでなく、他の二人にも言ってほしいですね……ドゥ」
一筋の冷や汗を流しながらミョウジンは言い返す。目の前のフードの人物はこの世界の住人であり、自分と同じようなチート能力を持っていないことをミョウジンは知っている。それでも……この人物には勝てる気も逆らえる気もしなかった。
いまだって、周囲に細心の注意を払っていたというのに、このフードの人物はどこからともなく現れたのだから。
「発表は聞いていました。ジャセイが倒されたようですね。この街に送り込んだ三人のなかでは最強格だった彼を倒したということは……その旅人とやらもチート能力者かもしれませんね」
フードの人物の姿が消える。一瞬後、その姿はミョウジンのそばにあった。
「……⁉」
空間転移魔法。一瞬にして空間を移動するその魔法を、ミョウジンはすでに何度か見て、慣れていたはずだったが……それでも、それまで何もいなかったはずの場所に急に現れたり、消えたりするのを目の当たりにするのは心臓に悪い。
フードに隠れた顔を修道会のほうに向けながら、その人物が言う。
「全身氷漬けとのことでしたから、おそらく相手は氷を使う能力者かもしれませんね。いくらジャセイでも、頭を含めて全身を凍らされてはひとたまりもなかった……ということでしょうか」
氷使い……。その言葉に、ミョウジンは昨日見たことを思い出す。自分を倒した少年はサトリではなく、他の何人かと行動をともにしていた。そのうちの一人が、確か氷の剣を使っていたはずだ。
「まさかやつが……?」
「何か知っているのですか?」
ミョウジンのつぶやきにフードの人物が尋ねる。ミョウジンは説明した、昨日紅蓮のショウが戦った氷使いのことを。
「なるほど。ショウが戦ったその男が、ジャセイを倒したかもしれないと」
「ええ」
ミョウジンはうなずき、そしてフードの人物に尋ね返す。
「ところで、あなたはどうしてこの街に?」
「あなたたち三人の様子を見に来たのですよ。この街の近くに潜んでいるというサトリを殺すために、あなたとショウ、ジャセイの三人を送り込んだというのに、一向に殺せていないのですからね。あまつさえ、ジャセイとショウに至ってはその氷使いにやられてしまったようですし」
ミョウジンの顔に再び冷や汗が流れる。氷使いにこそ敗れていないものの、彼は謎の能力を持つ一人の少年に負けているのだから。
内心の焦りを悟られないようにしつつ、強がりのようにミョウジンは言い返した。
「……そんなに言うのであれば、あなたが自らサトリを殺しては……?」
フードのなかの視線が向けられてきて、ミョウジンは内心びくりとする。言い返したことを後悔する彼に、フードの人物は口を開いた。
「……私には他にするべきことがあるのですよ」
「…………」
「とにかく……」
ミョウジンの内心の動揺に気付いているのかいないのか、フードの人物は踵を返しながら言う。
「本当にジャセイが氷漬けになっているのかどうか、確かめておきましょう」
「ショウのことはどうします?」
「どこかに飛ばされていったのでしょう? いくら私でも、おおよその居場所すら分からない相手を探すのは難しいですからね。それにあなたと違って、ショウには協調性がありませんから。放っておきましょう」
強力なチート能力を手に入れれば、思い上がる者もいる。ショウとジャセイはまさにその典型だといえるだろう。
フードの人物の眼前に人間一人分くらいの大きさの、縦方向に楕円形の黒い穴のようなものが現れる。
「ジャセイが使っていた部屋に向かいましょう」
「場所を知っているのですか?」
「ええ。聞いていましたので」
「聞いていた……? ジャセイにですか?」
「いいえ。……そういえば、あなたたち三人には話していませんでしたね」
訝しむミョウジンにそう言いながら、フードの人物は楕円形の黒い穴へと入っていく。そのあとにミョウジンも続いた。
楕円形の黒い穴を通ってたどり着いた場所は、煌びやかな装飾品と豪奢な調度品が置かれている部屋だった。
「ずいぶん派手な部屋だな……」
ミョウジンはつぶやく。こんな派手な部屋はミョウジンの趣味には合わない。ジャセイの部屋だと聞けば、なおさら気持ちの良いものではなかった。
彼のつぶやきを聞いているのかいないのか、フードの人物は部屋の片隅……調度品の陰になっている場所に声をかける。
「そこにいるのでしょう――ユウナさん?」
はたしてその陰から音もなく姿を現したのは、修道服を着た影の薄い女性だった。
(……⁉)
目の前に現れた彼女を見て、ミョウジンは驚きの表情を浮かべる。
(この部屋には誰の気配もなかったはず……この女、いったい……⁉)
ミョウジンがこれまで気配を察知できなかった者は、フードの人物くらいだったが……どうやらもう一人増えたようだった。
「彼女はユウナさんです。監視役として、私がこの街に派遣しました。ショウとジャセイ。そしてミョウジン……この街に送り込んだあなたたち三人のチート能力者の動向を監視し、私に報告させるためとして」
「……。ショウとジャセイはともかく、私のことも信用されていなかったわけですね」
フードの人物へと、皮肉のつもりでミョウジンは言う。そのミョウジンに、影の薄い女性が目を伏せるようにして応じた。
「……端的に言えば、そういうことになります……特にジャセイとショウは、自身のチート能力におごっていましたから……」
「…………」
ミョウジンは黙り込む。自分がこの街にやってきてからいままで、誰かから監視されているような視線は、一切感じなかった……にもかかわらず、この影の薄い女性は、その監視を三人のチート能力者に対しておこなっていたのだ。
(ユウナとかいったか……この女、油断できないな……)
彼女へとミョウジンが警戒の視線を向けるなか、フードの人物が彼女に問う。
「それはともかく、氷漬けにされたというジャセイはいまどこに?」
「この部屋の地下に置かれています。案内します」
そう答えて、影の薄い女性は部屋の壁際に設置されていた本棚へと向かい、そのなかの一冊を奥へと押し込む。すると重く低い音とともに本棚が横にずれて、そこに地下へと続く階段が顔を覗かせた。
(まるで何かの映画にでも出てきそうな仕掛けだな……)
ミョウジンは思う。おそらくジャセイ自身、この仕掛けを面白がって設置したのかもしれない。
「この地下室は元々、ジャセイが高級酒などを保管しておくために造らせたものです」
どこから取り出したのか、ランプをかざしながら女性は階段を下りていく。そのあとに続くフードの人物とミョウジンに、彼女は説明し始めた。
「ジャセイを氷漬けにしたのは、ハオと名乗る青年です。彼は他者のチート能力をコピーできるチート能力者で、他にも複数の能力を保持しているようでした。……私が確認できたのは、氷漬けにしたその能力と、ジャセイからコピーした『バイオ』、そしてショウを吹き飛ばした能力の三つですが……」
「ジャセイのバイオをコピーしているとなると、少し厄介ですね。その青年がジャセイを倒したのですね?」
「…………」
フードの人物の問いに、女性は一瞬黙り込む。
その沈黙が……ミョウジンには、話そうかどうしようか逡巡しているようにも見えた……と、そのとき、女性が一瞬ミョウジンに視線を向けた。しかしすぐに前に向き直ると、階段を下り切った先にある扉の取っ手に手をかけて、
「……いいえ。ジャセイを倒したのは……ケイという名前の少年です」
そう言って、地下室への扉を開けた。